マッチ売りの少年 | ナノ
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葛藤を抱えながらも、立ち止まれない。

ナショナル・スペシャリストとしての
期待と重圧と、現政権の未来のために
進むしかない。

もしも吹雪がこの縁談に少しでも抵抗を示したのなら、俺はすべてを擲って方向転換に踏み切ったかも知れない。

だが吹雪はすべてを受容する強い意志を見せた。

アイツは世間というものをよく知っている、俺なんかよりずっと。

方向転換した先に道なんてないことを悟り、現実を受け入れ前に進む強さをアイツに身を持って示された気もしていた。


肚を括りはしたが、気持ちだけがどうしても割り切れないまま
"その日" が来た。



「今日はお招きありがとうございます。娘も私も楽しみにして参りました」

「いや、吉良殿。こちらこそ光栄です。この日を私たちの創る世界の発展への第一歩としましょう」


1組の若い男女の結納にしては、滑稽な程仰々しい雰囲気に、内心気が滅入る。



「このお部屋、気に入ったわ。それにそつない明晰な夫もね」
「……光栄です」

礼を言われる程でもない。
ウルビダの趣味に合う部屋の設えは、吉良会長の元秘書官である側近の研崎の力を借りれば簡単だった。

結納……と言えば、婚約を結ぶ際に婿が嫁の家に出向くのが普通らしいが、今回向こうから此方を訪ねてきた理由は、これから新婦が暮らす新しい住まいを見ておきたいからだろう。

それを察した俺は、祝席が整うまでの待ち時間の間、彼女に軽く敷地内の案内をした。


「施設内も快適ね。何だが空気が良いような…」

「……この施設はKMBT研究所の検証にも使われています。空気が澄んでいるのは、森林の浄化作用の研究のため施設内の水と空気を洗浄する効果を試しているからでしょう」

それを聞いたウルビダは、少し顔をしかめて苦笑交じりに言う。「研究所の…?まるで人体実験ね」と。

「いえ」とそれを強い語調で否定し、俺は続けた。
「KMBT研究所の責任者は俺の実の父です。すべて信頼して貰っていい」

「…………そう…なの」

義父さんへの強い想いも、私たち似てるわね……と彼女は呟き小さなため息のような微笑を零した。

だがそれは全く違う。

ウルビダの義父・吉良会長へ向ける想いは、俺にとっては実父・豪炎寺勝也への想いに似てると思う。



「いや全く、お似合いのニ人で我が子ながら惚れ惚れしますな」

「ええ、まるで絵に描いたようですね」

戻ると、慶事の席が整い二人の義父が上機嫌で談笑しながら待っている。

両人が向かい合わせて席についた時、研崎の指示でsp05が運んで来たワゴンが卓の脇に寄せられた。

そこには中華風の透明の硝子ポットが人数分用意され、見かけない給仕人がそこに一掴みずつ花の蕾のようなものを入れて少量の湯を注ぐ。

たちまち華やかな香気が立ち上がり室内を満たした。


これは玖瑰花茶。
桜茶の代わりに私たち吉良一族はこの珍茶を行事のたびに親族で頂く習慣があるのです。と吉良会長がにこやかに言う。


「………この酸っぱいような香りはなんです?」

俺が訊ねると、研崎が歩み出て答えた。
「霊芝ですよ。玖瑰花茶自体はとても淡白なのでブレンドして飲むことが多いのです」

霊芝は古くが日本でも吉祥茸とか幸茸とか縁起のよい名で呼ばれ…………今日の御席のために吉良様より頂いた玖瑰花茶と、こちらの霊芝という最高のブレンドを用意致しました。

「まるで今日のお二人のようにお似合いの組合せという訳です」と研崎はロの端をつり上げ、恭しく茜色に染まる硝子のポットを各人の前に置いた。


「さて……………」

吉良会長は元部下の研崎に言う。

Γ残りの1つは、彼の隣にでも置きなさい」


人数より1つ多い茶器セットが俺の隣に置かれた。

「……これは?」


「もう一人、いるでしょう」

「…………いえ…」

まさか……と吹雪のことが一瞬頭を過るが、すぐに打ち消す。
彼らが吹雪を意識しているはずはない、と。

「使用人はいないのですか?この祝茶は新郎に関るすべての人間に振る舞われるのですよ」

―――やはり、その "まさか" か。俺はハッと息を呑み身構えた。

「いえ、日頃の身の回りのことはロボットにさせていますので」

「表向きはそうでしょう。ですが特殊部隊の精鋭の貴方だ。ロボットじゃ出来ない世話もあるでしょう」

「っ…………」

まさか、調べて来てるのか?

「…………私が呼んできましょう」

ギリッ…と奥歯を噛みしめる俺を横目に研崎がその場を去る。


そして、すぐに
奴隷服のままの吹雪が連れてこられた。




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