マッチ売りの少年 | ナノ
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 8

僕がこの要塞に運びこまれ、目を覚ましてから3日が経った。

僕より背が高くて無愛想でコワモテのロボットが朝早くからやって来て半ば強引に身の回りの世話をしてくれるのにもどうにか慣れた。

それに何より豪炎寺くんに毎日会えるのが、とにかく嬉しくて。


でも、これが長く続く幸せじゃないことは、彼が常に纏う重苦しい痛みのような表情の翳りから察していた。

そう……

だから、訓練が終わると様子を見に来てくれる彼に会うのは、楽しみな反面怖かったんだ。

いつこの生活の終わりを告げられるかと思うと……。




その日は彼が外出で、僕は先に夕食を摂って待っていた。

しとしと雨が降ったり止んだりの天気で陰鬱な不安を掻き立てる。

ああ‥…だから幸せってイヤなんだ。

ベッドで膝を抱え、謎の“主人”から所持することを許可されたあのジャケットにくるまって僕は“失うことへの不安 "に怖じ気づいて震えていた。



「どうしたんだ。電気もつけずに」

パチンというスイッチの音とともに部屋の明かりがついた。

「……ああ、省エネ…かな?」

動揺を誤魔化す言葉が力なくロを突いて出る。

「…………」

豪炎寺くんは黙ったまま、僕が座るベッドにバサッと書類のようなものを無造作に置いた。


「……何…これ?」

「………昨晩、コイツらが全員検挙された」

「…………!!」写真を手にして僕は息を呑む。
そこには二度と見たくない嫌な連中が一人残らず写ってたから。

「お前のことに触れなくても、余罪がどんどん見つかっている。逮捕も時間の問題だろう」

熱っぽく厳しい表情の君。その奥底に垣間みえるやり場のない怒りが僕の胸を騒がせる。


「…………ありがとう……僕のために?」
「ああ。だがこんなことで根絶はしないだろうが……」

でもこれで、ー旦平和になる。

栄養と休養を十分に摂り、体力も戻った。
だから僕がここにいる理由は…もう何ひとつない。
嫌な予感に鼓動が波打った。

「僕……もう街に戻らなきゃいけないのかな?」

震える声で思い切って訊ねると、豪炎寺くんは首を横に振る。

「いや。だが戻るなら……アウトローのままじゃ駄目だ。俺が“登録"するから」
「と、登録はやだよ!!」

僕は慌てて首をぶんぶんと横に振った。

「何故そんなに頑なに嫌がる?」
「大丈夫!いいんだよ。僕、強いから…」

眉間に深い皺を寄せ、とても心配げに……そして親身に諭す彼に、胸が複雑に高鳴る。

「駄目だ。人間は力だけでは制圧できない。仮にお前がヒグマを倒せても、だ」

豪炎寺くんの言いたいことはよく分かる。

でも、登録はダメなんだ。

理由はハッキリとは知らない。
ただ、父さんと母さんは言ったんだ。
登録する時には体力とか頭脳とか色んな" 検査" があって。
その" 検査"を受けると僕はきっと、国の偉い人の命令でどこかに拉致されて一生自由を奪われて暮らさなきゃならないって―――。


豪炎寺くんは眉間に皺を寄せ、瞬きもせずに僕の訴えを聞いていた。

しばらく黙ったままで、そして……目を閉じて。
何だか深い哀しみに荒れる心を必死で落ちつけようとしているようにも見えた。


「なるほど……わかった」

何て悲壮に満ちた声だろう。
僕の心はズキンズキンと脈打って、五感はすべて彼に釘付けになる。

「お前がアウトローを辞めたくないと言うなら……もう一つ提案がある」

豪炎寺くんは目を開け、僕を射抜くように真っ直ぐに見つめた。

「お前、俺の奴隷に……ならないか?」

「……どれい?」

sp05も同じようなことを言っていたなぁ……
ぼんやりと思い出しながら、聞き返す。

「俺専用の性欲処理係…だ」

「………!!」

酷い話を持ちかけられていると、頭では思う。
でもときめきと切なさが入り交じったような高揚が止まらない。

「どれいになれば……君の側にいられるの?」

「ああ。お前を側に置いておくには……俺にはそれしか方法が無いんだ」

「なら………なるよ。奴隷」

僕は即答した。
逆に驚いた豪炎寺くんが確かめるような口調で訊く。

「身体を売るようなものだぞ?奴隷と主人は……想い合うことは出来ない」

「でも、君の専属でしょ?」

「専属だが“欲"の受け皿でしかないんだぞ?」

今の僕には彼の側に居られるならどうでも良いことに思える。

「いいよ。君の受け皿になるよ」

「俺がそのうち別のヤツと結婚してもか?」

「……………それでも僕を使ってくれるなら」

「っ……」
ベッドで膝を抱える僕を、豪炎寺くんの温かい両腕がぎゅぅっと抱きしめた。

「勿論だ。ずっと吹雪を使い続ける。一生………だ」
豪炎寺くんが声を詰まらせて繰り返すのが苦しくて、僕は夢中で豪炎寺くんの背中に腕を回してしがしかみつくように抱きかえした。
俺が死ぬまで離さないから―――。
絞り出すようなその言葉は、心まではくれない約束なのに、最上級の愛の告白のように僕の胸の奥にとどいた。


第一章*完

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