マッチ売りの少年 | ナノ
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 6

温かい……

ぬくもりに……心地よく包まれている僕の躰。

髪を優しく梳く指の動きや、荒れた唇を慈しみ潤すように撫でている熱い感触は……僕の知ってるたったひとつの唇に似ていた。

ここだけは、安全だと……
いつも野ウサギみたいに…絶えず危険に怯えていた僕の本能さえもが、うっとりと微睡んでいる。



どれだけ眠ったんだろう。それも安らぎの中で。


「っ……!?ひゃぁああっ!!」

うっとりと目を開けると、そこには目つきの悪いロボッ卜がいて。

「起キタノカ」

と、いきなり呟き僕の体温を計ったり、口の中を洗浄したり、丸裸にして体中を拭いたりされて。

僕は唖然としたままロボッ卜にされるがままになっていた。


「あのぅ………僕の服は……」
「今、着テイルノガ オ前ノダ」

ピシャリと返答されて、自分の身なりを改めて見ると……丸首で前ボタンのワンピースみたいな部屋着姿で。

「そうじゃなくてさ。最初着てたネイビーブルーのジャケット……どこにあるか知らない?」

不安になりながら訊ねると、

「アア アレナラ 洗ッテ保管シテアル」
と言われてひとまずホッとする。


「あのさ、ジャケットは返して欲しいんだけど……大切なものなんだ」

「何故ダ!?外出ハ禁止ダゾ」

「あっ、外には行かないよ。でもあれはね、僕の大事な人から貰った……」
「駄目ダ。奴隷ガ施設内デ私物ヲ使用スル二ハ、主人ノ許可ガ必要ダカラナ」

「どれい?……主人…って誰のこと?」

そう訊ねた瞬間、部屋のドアがバタンと開いた。


豪……炎寺くん?!
しかもサッカーのユニフォーム姿で。襟を立ててキリッと着こなす姿や泥に塗れた汗を首から掛けたタオルで拭う仕草に僕は見とれる。

勢いよく飛びこんで来たくせに、起きてる僕と目が合うと、少し気まずそうに目を逸らす。

「調子は…どうだ?」

「うん……だいぶ……」

良くなった、と言いかけて慌てて口ごもる。
だって、彼とせっかく会えたのに、治ったらまた街頭へ戻らなきゃいけないだろうから。
まだ……あと少しだけ………彼といたい。

「少し……食事を摂ってみるか?」

優しく目を細める表情に溶かされながら、僕はこくんと頷いた。


「sp05、着替えと夕食はここへ運んでくれ」
「……マタ…“今日モ" デスカ?!」

今日も……って?僕が不思議に思いキョトンとして彼を見上げると、顔が真っ赤だ。

「豪炎寺くん…もしかして君……」
「こら、まだ動くんじゃない」

何日かぶりに立った地上はゆらゆら揺れる舟の上みたいだ。ふらつく足で彼に歩みより胸元に倒れこむようにたどり着いた。


「フッ……このやんちゃめ」

そう言いながらもぎゅっ…と抱きしめてくれる彼。

「ふふ……やっぱり…ここだったんだね」

「…………?」

薄いユニフォームの生地1枚だけを隔てて、豪炎寺くんの鼓動も熱も………すごく近い。

嬉しくなった僕は夢中で逞しい胸に何度も頬を擦り寄せた。

「やめておけ、汚れが移るぞ」

そう言う声もなんだか甘やかした口調に聞こえる。

「やっぱり君が……そばにいてくれたの?」
髪を梳くように撫でてくれる長い指を、僕は両手で包んで頬擦りする。
「眠っていても……感じてたんだよ」

「そうか……」

そうさ、唇だって………もう一度ほしい
ううん、何度でも…ほしい。
身分の違いはわかってる。だけど今だけは………
甘く切なく高鳴る胸が苦しくなって、ゆるりと豪炎寺くんを見上げる………
そして、ズキンと胸を刺す痛みに表情を固くした。

だって、豪炎寺くんの漆黒の瞳は深い哀しみに沈んだ色をしていたから。

その理由を訊ねずに、僕は震える爪先でそっと背伸びしてキスをねだるように目を閉じた。


その瞼にまずキスが降り………

それから鼻筋をなぞって、ゆっくり唇を溶かしていく。

その甘さに酔いしれながら、僕は何もわからないまま予感していた。



きっと、これが 君と僕との最後のキスになるんじゃないかって………。



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