マッチ売りの少年 | ナノ
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「いつまで女を知るのを拒む気なんだ?」

公務の帰りの馬車の中。窓の外を見ている俺に問いかける千宮路首相の口調は苛立っていた。

「とびきりの上玉を寄越しているんだぞ。もうこの辺で手を打て」
「結構です。そんなの必要ない」

俺もかなりムシャクシャしているから、首相の顔を見ずに答える。

「じゃあ率直に言おうか。あれは…性欲処理だけの目的だけじゃないんだぞ」

今年の春から、婚姻可能な年齢が男子も16才になる法案が通っていることを知っているだろう?

そう訊ねられた俺は、冷たい視線を首相に戻した。
「知ってますよ。それが何か?」

「あれは、君のための改正なんだ」

「…………は?」

―――"閨閥"という言葉の意味が分かるか?

そう問われた瞬間、概ねを悟った俺は目を閉じ大きく息をついて頷く。

「吉良財閥のウルビダ嬢とお前の縁談が、内々で決まりつつある」

W杯まであと1年。
それまでに国内の権力と軍事(サッカー)力を結集し、優勝を勝ち取る。
その勢いに乗りユーラシア圏全域に及ぶ吉良財閥の拠点を足がかりにして、一気に大陸部までコントロールしうる国へとのしあがるんだ。

今の我々に“資金”と“人脈”が加われば鬼に金棒。そうだろう?
「政治と特定企業の癒着には、気を付けた方が身のためですよ」

同意を求めて覗き込んでくる首相の視線を振り払うように答えて、俺は窓の外を見た。

俺も大概イカれてる。
あのスクランブル交差点にもうすぐ差し掛かろうとすれば、こんな閉塞感の中でも胸が踊るのだから。

「ですが軍事スポーツに長けたウルビダ嬢を凌ぎ、夫になれる器は世の中広しといえども豪炎寺さん、貴方しか思い当たらぬと、星次郎会長も既にご納得されています。ご当人同士にとっても良き婚姻になるかと……」

向き合い座る首相の横に控えていた研崎が、途切れた話を元に戻しにかかる。

「吉良グループの財源があれば、君の実の父さんの研究開発費用も潤うだろうな」
首相も畳み掛けるが、耳に入らない。


次の瞬間―――

「止めて下さい!!」

叫ぶと同時に俺がドアを開け、御者が慌てて手綱を引く。
車体が止まるのも待たずに、飛び降りた。

スクランブル交差点の脇に寄せて停まる馬車。
その時にはすでに俺は吹雪に駆け寄っていた。

「吹雪!!」

「…………」

吹雪は鈍い動きで振り返り、力なく俺を目で追い「ごうえんじくん?」と掠れた声で呟く。
歩み寄ろうとしてふらりと倒れこむ軽い身体を俺は腕で受け止めた。

「吹雪………」

明らかに顔色が悪い。
薄い頬がざらつき、唇が乾いて口角は僅かだが赤く爛れている。
「口を開けてみろ」

素直に開けられた口内には炎症がみられた。
そして、そのまま吹雪は安堵したように俺の腕の中ですぅっと目を閉じる。

「豪炎寺さん、その方は…?」
研崎の声。
俺は制服を脱ぎ吹雪の身体を包みながら「すまないが、水を買って来て貰えませんか」と頼んだ。


「どうしたというんだ、血相変えて……」
首相も遅れてやってくる。

「大事な知人……なんです」


「近づいて大丈夫なのか?伝染病を持ってないだろうな」

吹雪を抱きしめる俺を見て、首相は疎ましげに顔をしかめた。

「いや、おそらく栄養失調です。連れて帰って…」
「は?馬鹿言うな。赤十字病院にでも搬送して身内に引き渡せ……研崎!」

俺は研崎が持ってきたペットボトルの水を吹雪の口に含ませながら「無理です。入院も出来ないし身内もいない。こいつは………アウトローだから」

「アウトローだと?」

冷徹な声だった。
アウトローとは、政府のデータに登録のない人間のことだ。

「面倒だな。捨て置け」
一国の長らしからぬ酷い言葉が放たれた。

「そんなことをしたら、こいつは死にます」
「知ったことか、元から亡霊のようなものだろう」

「フッ……」
度重なる首相の残酷な言葉に、俺の冷たい怒りが乾いた笑みになって漏れた。

迷いが無かった訳じゃない。だが、アウトローに向ける風当たりの強さを肌で感じたことが、決意の引き金となったんだと思う。

「どうせ死ぬ身なら………俺の“処理係"として拾って生かしたいが、いいですか?」

首相は意外な俺の申し出に目を見張ったが、次第にニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべ始める。

「だが………その子は少年じゃないのか?」

「ええ。だからこそ、割り切った関係が保てるとご理解して頂きたい」

首相はしばらく考えるように宙に視線を泳がせていたが、やがて「いいだろう」と頷く。
そして「あくまで “主人と奴隷" の立場を互いに守るのならな」と付け足した。


「まさか……そのまま乗せるのか?」

「いえ、俺は貸馬車(タクシー)を使います」

俺は吹雪を横抱きして歩きはじめた。

「秋には妻をめとる身、あまり入れ込みすぎるなよ」

貸馬車を探しに駅前へと進む背中に、念押しするような声が掛かった。




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