love affair2
こんなことは初めてだ。
ジンギスカンは美味しかったのに、あまりお腹に入らない。
職場の仲間や友達と集まれば、皆でワイワイとこの倍の量はいけてしまうのに……
でも不思議なことに満足感はいつも以上だった。
向かいあう相手と話したり、笑ったり、視線をやりとりすることで、時間や空間ごと穏やかに満たされる感覚。
胸がいっぱいなのとお腹がいっぱいなのが混同しちゃっているのかな……と士郎は思う。
店を出た二人は、ホテルまで歩きだす。
まだ10時前だから、ロータリーにはタクシーがいるだろう。
4月に入って夜風の寒さも少し和らいでいて。酔った体の火照りもあって、ボタンを開けた二人のコートが微かな風に靡く。
「いい町だな……」
「え〜、何もないところでしょ?」
「いや。自然が豊富で、空気もよくて、新鮮な食べ物……それに……」
それ、なにもないって言ってるのと同じじゃないか……と、くすくす笑いながら、士郎は豪炎寺と肩が触れそうな距離で軽やかに足を運ぶ。
「何よりお前がいる」
「……っ」
返答に困ってちらりと見上げると、彼は真っ直ぐ前を見つめたままで……その思い詰めたような横顔に、士郎はドキリとする。
「あの……僕、ここで失礼するね……」
「士郎」
ロータリーに差し掛かったところで身を翻そうとする士郎を、立ち止まった豪炎寺が引き留める。
「よければまだ……時間をくれないか?」
「……え?」
豪炎寺の真摯な視線に戸惑いながらも、士郎も足を止めて向き直った。
「でも……」
「お前ともう少し一緒にいたい」
今まで触れそうでいて触れてなかった手を突然掴まれて……士郎は驚いて一歩退くが、振り払う力がなぜかわいてこなくて、途方に暮れる。
“思ワセ振リナ態度ヲ取ルナ”
頭の中ではアツヤの声が嫌というほどこだましてるというのに。
よりによって今、自分は豪炎寺とホテルのエレベーターに乗っている。
頭と気持ちと行動が一致しないまま、繋いだ手を引かれて入ったのはダブルベッドの部屋。
「何……ここが君の部屋?」
「いや、今夜はお前と過ごすために取ったんだ」
「……そんな……」
言葉を失う士郎から離した手が、緊張にこわばる背中を撫でるように添えられた。
これは不本意なこと―――頭ではそう思うのに、なぜ動けないのだろう。
「……なんの……ためにこんな……」
「そんなこと……訊くまでもないだろう?」
士郎の身体に手を回したまま部屋に踏み込む豪炎寺に、引きずられるように立ち入った士郎の背中でオートロックのドアが閉まる。
「仲間に……こういうことするの……って……裏切りじゃないのかな?」
哀しげな士郎の声が豪炎寺の胸を抉る。
だが、それでも手離したくない気持ちが断然勝っていた。
「……何故そう思う?」
「だっ…て、僕とどうこうしようだなんて、仲間としての信頼を……恋愛感情で勝手に塗り潰そうとしてるってことでしょ?」
豪炎寺から言葉は返ってこない。
表情を伺う余裕もない。
混乱と困惑に乱されて、心の奥にくすぶる負の感情が士郎の口から零れだしてくる。
「恋愛感情ならまだいいかもね。ただの……欲求不満解消とか?」
「…………」
「何で僕……なの?」
「…………」
「隙が……あったから?」
「…………」
「ねぇ……答え……てよ」
涙声になっていた。
さっきまでの楽しかった時間がぶち壊しになってしまいそうなのも悔しくて。
どうして僕は、いつもこうなんだろう。誰かに心を許しかけると、すぐに………
気づいたら涙で頬が濡れていたらしい。
温かい手のひらが包むようにそれを拭い、頭を撫でられる。
「嫌な思いをさせてすまない」
豪炎寺の謝罪に、士郎の胸がちくりと痛んだ。
「士郎。こっちを見てくれ」
「っ………」
緩く握った手の指で顎を持ち上げ、自分の顔を映した瞳を覗きこみながら豪炎寺は訊く。
「さっきから……誰の話をしてる?」
「誰……って……君しかいないじゃないか?」
「本当に……そうなのか?」
取り乱しはじめた士郎の目は、自分を見ていないような気がした。
次々と溢れてくる苦しげな言葉は、こっちに向けて発したというよりも、まるで古い傷口から抉りだされたように澱んだ響きがある。
「……士郎」
豪炎寺の指先が額に掛かる髪に触れ、生え際をなぞった。
「っ……」
びくりと竦めた肩と背中をゆっくりと撫でおろす手のひらに、すこし弛緩した士郎の吐く息と熱が伝わる。
「お前が嫌なら……俺はなにもしない」
嫌だというのも士郎の“意志”だ。
スルーされてないだけマシだと思う。パスをくれたなら繋ぐことができる……ゲーム感覚の駆け引きならそれでいいが、恋愛となるまた別なのだろうか。
「しかし悪いがお前の質問には答えられない。つけ込むとか、塗り潰すとか……意味が呑み込めないし、俺のどんな態度を見てそんなことを言うんだ?」
士郎がぎくりと顔色を変えた。
同時に豪炎寺の胸に苛立ちが込み上げる。
今までに感じたことのない、焦げつくような感情……。
「シャワーを浴びてくる」
「いいけど……その間に僕帰るかもよ」
「はあ?」
豪炎寺は眉間に皺を寄せて振り返り、睨むような士郎の上目遣いと鉢合わせる。
「そんなややこしい感情をとっ散らかしたまま帰るつもりか?」
「っ……誰のせいでっ……」
「俺のせいだと思うなら、ここで存分に撒き散らしていけばいい。後片付けなら手伝うぞ」
後片付け―――って!
いかにも当たり散らしてるみたいな言い方、ホントに失礼だ。
豪炎寺の捨て台詞にカチンとしつつも、士郎は困惑の色を隠せずに、バスルームに消える彼の背中を見送った。
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