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love affair1

「何……これって……」
ひしめくように教室に集う保護者たちを見て、士郎は絶句した。

「みんな豪炎寺目当てだろ。ママさんたちのネットワークってスゲーんだな」
立ち見の人用に椅子を運んできたアツヤが士郎に耳打ちする。

つまり『イケメンの若手ディレクターが何かを始めようとしている』という噂が、もう白恋の保護者の間に広まっているということだろう。
たしかに彼が見た目も声もいいのは士郎だってわかってる。
心に真っ直ぐ届く迷いない言葉も―――。

うっとりと見惚れ、聞き惚れている保護者たちを前に、落ち着いた口調でプレゼンを進める豪炎寺。

滞りなく説明が終わり、いつになく活発に質問も出る。
和やかな雰囲気だが参加者たちの心がすっかり前のめりなのは、後ろから見ていてもわかる。
今までにこの学校の説明会で、保護者たちがこんなに熱心に学校側の話に耳を傾けたことはあっただろうか?
いろんな意味で……ちょっと妬ける。

「食育サポートの概要としては以上です。サッカー部の関連で吹雪先生……何かありますか?」

「……え?」

彼が“吹雪”と名指ししたのは……アツヤでなく士郎であることは、話の流れと視線でハッキリわかる。

「あ……えっと、では少し補足させていただきます」

士郎はサッカー部のトレーニングメニューの一環にサプリとバイタルデータの活用を組み込み、センサー付きのウェアや必要なサプリはすべてスポンサー企業からの補助金でまかなう予定であることを説明した。

慣れない内容の説明に少し緊張しながら話す士郎には、豪炎寺が注ぎ続ける深い眼差しに気づく余裕もない……。


「お疲れ様」

「ああ、ありがとう」

「……こちらこそ」

説明会が終わり、別件ですぐに立ち去ったアツヤの代わりに後片付けを済ませた士郎は、手伝ってくれていた豪炎寺に声を掛ける。

「手応えバッチリだったね」

「そうだな。お前のフォローもありがたがった。学校でのフィールドワークは保護者の理解を得ないことには成り立たないからな」

「あれは君が事前打ち合わせをしてくれてたおかげさ」

お世辞じゃなかった。
豪炎寺からはギラギラした野心こそ感じないが、ビジョンが明瞭で、それを遂行するための揺るぎない意志がみなぎっている。
だからこうして周囲は動かされてしまうのだ……。

「君は今までもこういう仕事をしてきたの?」

「ああ。短期間のものはいくつかな。だが長期的なのは今回が初めてだし新規分野だから正直すごく楽しみなんだ」

「……そう」

こうやって二人きりでちゃんと会話をするのは、出会った初日以来で、なんとなく心が弾む。

そうしているうちに放課後のチャイムが鳴り、うつむき加減だった士郎が顔をあげた。

「……そうだ、士郎」

「何……?」

「今日……一緒に夕食でもどうだ?」

「えっ……」

「こないだ泊めて貰った礼がしたい」

「そんな……いいよ、お礼だなんて……」

「世話の焼ける弟に手が離せないのか?」

「違……うけど」
断り文句をさらりと掻き消された士郎は、力なく返す。
「僕、これから部活だから……遅くなるよ?」

「構わない。仕事のキリがついたらグラウンドで見学しながら待ってる」

見透かしたようにふさがれる退路。
追い詰められても嫌な気がしない自分が、なんだか情けない。


部活が終わり、並んで歩く通用門までのアプローチ。
凍えてるふうでもない豪炎寺のいでたちをよく見ると、スマートに着こなすコートも防寒性の高そうなモッズで、靴もちゃんと北国仕様のブーツだ。

「都会の人にしては……雪に慣れてるんだね」
「ああ。Zのドイツ支社研修で滞在中、大寒波もずっと一緒でな」

「……それはお気の毒さま」
士郎は思わずクスリと笑う。


「どこへ行くの?」

門の近くで待っていたタクシーはもう馴染みの運転手らしい。行き先も告げないのに彼が泊まってるホテル方面へゆっくりと動き出している。

「実はお前に頼みがある」

「何?」

豪炎寺が士郎にひそひそとなにかを耳打ちし、士郎は笑みをたたえながら頷いた。

「いいよ。じゃあ、まずはホテルへ戻ろっか」

「……?」
不思議そうな顔になる豪炎寺に、士郎は悪戯っぽく諭す。
「とりあえず、そこへスーツでいくのはお勧めしないからね」


服を着替えて出直しくぐったのは、ジンギスカン屋の暖簾。
ホテルから歩いて行ける距離にある、この地域ではわりと名が知れた店だ。

タクシーの中で豪炎寺は「極上のジンギスカンが食べたい」と耳打ちした。
もちろんジョーク半分なのはわかっていたが、士郎は楽しげにそれに乗ったのだ。

「煙も匂いも気にせずに、豪快に食べなくちゃね♪」

士郎は腕捲りしてトングを掴み、ジンギスカン鍋の周囲に野菜を並べはじめる。

「さぁ、肉のせていいよ。そう真ん中にドサッと。あ〜、それじゃフツーの焼き肉になっちゃう。貸してっ」

先にタレをつけてどっさりと置くのが士郎流らしい。
凸型になってる中央部に豪快に放置された肉から溢れてきた汁で、溝を埋める野菜がグツグツ煮えはじめるのがなんとも魅惑的だ。

「触れてないのに……こんなになるんだな」

ラフな服装でも当たり前のように格好いい彼。
黒の浅いVネックシャツがちょっとセクシーで、発した言葉さえ卑猥に響いてしまう。
士郎はドキドキしながらレアの肉を上手に野菜の上に盛る。

「ここのラム肉は地元産なんだ。なんせこの町は……人より羊が多いからね」

「……そうか」

「あ、そうだ。今度羊を見に行こうか。“綿菓子の丘”っていうところがあってね、昼間は丘一面に放牧の羊の群れが……」
ああ何言ってるんだろう、僕―――
明るい話題を持ちかけるつもりが、次の誘いになってしまってる。

「見ごたえありそうだな。連れていってくれるのか?」
豪炎寺も隙を逃さず掴まえてくるから……士郎は頷いて、ジンギスカンを盛りつけた皿を少し気まずそうに豪炎寺の方へ差し出した。

「………ほら、できたよ」

「ありがとう」
絶妙な火の通り具合の肉だ。手渡す前にショウガ入りのタレを少し足すのもいかにも通らしい。

「何笑ってるのさ?」
気まずさも手伝って士郎は豪炎寺を睨んだ。

「お前、案外世話焼きだから……心地よくてつい甘えてしまって困るんだ」

「……!」
士郎の頬が急に熱くなったのは、ビールのせいじゃない。

飄々として見える彼の意外なセリフと……何より自嘲気味に照れる豪炎寺の表情に、不覚にも胸がきゅんとしてしまったのだ。

 
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