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early spring4

「―――うえんじくん。ねぇ、豪炎寺くん?」

微かに身体を揺すられ目を開けると、色白の綺麗な顔だちに徐々に焦点が合っていく。

「……夢……じゃないよな」

「何言ってるのさ、もう朝だよ」

想像以上に寝心地が良いベッドで、いつも以上に深く眠ってしまったようだ。
しかも目覚めて一番最初に視界に入ったのが起こしにきた士郎の顔だなんて……気分はいいが、眠りに消されていた疚しさがまた燻りだす。

「ゆっくり休めた?」

「……ああ。かなりな」

「っ……」
士郎の顔が急に赤くなって顔をそらした。
「ちょ……っ……手っ……」

言われてはじめて気がついた。
掛けていたブランケットに乗った士郎の手を、無意識に自分の手が包んでいた。
謝るのも妙な気がして無言でどけた掌には、士郎のマシュマロみたいな肌の感触が残っていて―――

「あの、僕部活あるから先に出勤するよ。朝食はテーブルの上にあるから。鍵も置いとくから学校で返してね」
そう言いながらダウンジャケットを羽織った士郎は「いってきます」と部屋を出ていく。

玄関のドアが開閉し、施錠の音が響くのを、豪炎寺はいささか名残惜しい気分で聞いていた。



「昨日はありがとうございます」

士郎の住まいがある丘を降りれば、すぐに学校がある。
職員室に立ち寄ると、前日とは違い片手に余る人数が机を埋めていた。
昨日一日ですっかり「仲間」になった二人だが、公の場のやりとりではもちろん言葉遣いもわきまえていた。

「これ、どうぞ」
「っ……」
さりげなく机に置かれた鍵を見て、固まる士郎。
まるで後ろめたいことをしてるみたいに周囲を伺いながらそれをカバンの中に隠すから……二人の間に秘密を共有する親密感が芽生えてしまう。

「控室……貰えましたか?」

「ええ、特別室Bを」

「そっかぁ……よかったですね」
特Bか……あまり通らない別棟だなぁ……と考える。
彼の控室がどこだろうと自分には関係ないのだけれど。

昨日「一緒にやっていけるか」と訊かれてyesと答えたのは、もちろん嘘じゃない。
半日間、隣の席でPCに向かう彼を見ていて……白恋でのプロジェクトを練る真摯な横顔に心動かされたのも事実だ。
この人は営利だけじゃない。生徒たちにとって何が必要かを第一に考えて進めてくれるだろうと信頼できたのも。

だから仕事仲間として彼を家に泊めたりもしたけれど……それ以上でもそれ以下でもない関係なのだ……と士郎は自分の頭を整理した。



週末、アツヤが上機嫌でロシアから帰ってきた。
来週半ばからは新年度。うさぎサプリ×Zグループの共同プロジェクトも始動する―――。

「やっぱ俺の目に狂いはなかっただろ?」
春休み最終日だけ白恋中に出勤したアツヤは、総務から渡された説明会資料を士郎に見せた。
「ほら、これ始業式で配るプリント。いい感じじゃね?」

来週金曜に開催される保護者向け説明会の案内だった。

「Z社に作ってもらったの?」
「ああ。てか頼む前に出てきた。アイツ中々やるよな、イイ男だし……」
アツヤは話が早く動きのいい相手が好きだ。
ただ、自分が褒めていても士郎がそれに乗ると急にヘソを曲げて難癖つけ始めたりするから……こういうときは中立を保つに限る。


「アツヤ。今から少し時間もらえるか?」
職員室のドアが開いて顔を出したのは、豪炎寺だった。

「おう、いいぜ」
アツヤもすぐに立ち上がり歩いてく。

―――はあ?
士郎は目と耳を疑った。
自分とは、二人きりのときと公の場で言葉遣いを使い分けてるくせに、アツヤとは公然と砕けた口調で話すなんて……

「そうだ……士郎さん」

「…………はい」

「今から来週の説明会の打ち合わせなんだが、サッカー部の顧問として入って貰えませんか?」

「……わかりました」
士郎も渋々席を立つ。



「アニキ、なんか豪炎寺のこと嫌ってる?」

「別に。何でそんなこと聞くのさ?」

「打ち合わせの間じゅう眉間にシワ寄ってたじゃんか」

家に帰った後の夕食時の会話。アツヤが鼻で笑いながら言うのが気に入らない。

「ゴハンお代わり」
「自分でやって」

「じゃ、いいや。メンドくせ」
アツヤはカラになった丼を机に置いて「御馳走様」と手を合わせた。

学校での打ち合わせの時―――豪炎寺と士郎のかしこまったやりとりを聞いていたアツヤが「あ〜! ムズ痒いからその堅苦しい喋り方やめろ」と割って入った。
きっと豪炎寺がアツヤに対して敬語を使ってなかったのもこういう流れだったんだろう。
わかってる。
わかってるのだけど……

「そうそう。アニキさ、俺に隠してることない?」
「………?」

唐突に訊かれて目をパチクリさせている士郎に、アツヤはとどめをさす。
「留守中、お前俺のベッド使ったよな?」

「――!」
士郎がギクリとしたのが、アツヤにはまる分かりだった。

「ウチに誰か泊めたのか?」
そんなのはもう想像がついている。
地元の人間を泊めるようなことはまずないし、外から来た人間なんてこの辺では限られているのだから。

「……うん。豪炎寺くんをね。彼がここへ来た初日、天気が悪かったよね。タクシー呼んで駅前のホテルに戻るよりも……」
「あーもういい。俺が言いたいのは『気をつけろ』ってこと。それだけだから」

士郎は少し悔しげに下を向いた。

「お前が余所者の仲間作んの、中学んときの強化委員以来だろ。また思わせ振りな態度とって、こじれたりしたら……」
「そんな態度とってない! それに仲間って何だよ?」
珍しく声を荒げる士郎。
「……悪いけど、もうその話はしないでくれるかな」
言い方は優しいが、頑なな拒絶が読み取れる。

「ゴメン、わかったから。そうカリカリすんなって」
アツヤは仕方なく兄を宥める。

思春期に起きた仲間同士の思いの掛け違い。それがきっかけで……士郎は自分から恋愛感情を遠ざけるようになった。
あれから十年近く、ずいぶん成長して行動範囲や見識が広まった今でも、恋愛に関しては食わず嫌いのままここまできた。

食物アレルギーみたいなものだろうか。だとすれば、豪炎寺との出会いでアナフィラキシーショックを引き起こす可能性がある。耐性を獲得して極上の味を堪能できるようになるといいのだが―――。

でも少し触れただけでもあんな反応を示すなんて、今んとこ治癒には程遠いな……とアツヤはため息をついた。


 
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