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early spring2

「どうぞ……」

まだ雪がちらつく灰色の空の下。
門を解錠した士郎は、訪ねてきた男を招き入れた。

見上げる身長と均整の取れた体型に、ボリュームのあるモッズコートを羽織った黒のスーツが見事に決まってる。モニターを介して見るよりさらに美形な顔立ちも……案内している間にも、ついその横顔に目がいってしまう。

「遠くから……雪の中大変でしたね」
「いえ。雪景色が綺麗で、ここは良い処ですね」

エントランスの屋根の下で改めて挨拶すると、相手に名刺を渡される。
受け取った後も、こっちをじっと凝視してるから……士郎は笑顔の下でなんだかそわそわしてしまう。

彼の訪問はもちろん想定外のことだ。
来客予定がなかった今日は、応接室も温めてないし……どこへ案内すればいいのかすらわからなくて。
アツヤにちゃんと状況を確認させるべきだった……と内心後悔する。

「……あなたが……吹雪さんなんですか?」
「えっ?……あ、はい」

「電話の声と随分印象が違うようだが……」
「あっ……」
豪炎寺に訝しげに訊ねられて士郎はハッとする。

「僕は士郎。あなたと電話でお話ししていたのはアツヤ、僕の弟なんです」

「……なるほど、そうか。道理で……」
納得したように口元を綻ばせる豪炎寺に、思わず士郎はくだけた笑みを返した。

電話だと二人の声はよく似て聞こえるらしく、会ったことある人にさえいつも間違えられるのに……
驚いた顔をするほどの違いがどこにあるのか不思議で心が傾いたのだ。


職員室に通した豪炎寺を、アツヤの席に座らせてお茶を出す。

「応接室のストーブの調子が悪くって……すみません。もう一度見てきますね」
「いえ、ここに居させて貰っても構いませんよ」
「……でも、ここは……」

「俺は客じゃありません。滞在も長くなるし、できればしばらく使える控室を用意して貰えると有難いんだが……」

「……わかり……ました」

彼の口調が少しフラットになりつつあるのも自然すぎて気づかない。
いろいろ……見透かされているような気もした。
応接の準備をしてないことをごまかす方便も、アツヤからの引き継ぎを受けてないことも。もしかしたらインターホンを介して自分の慌てぶりも全部さとられているのかもしれない。

これはいけない。
不利な状況かも……と士郎の防衛本能が直感する。
向こうは協業相手とはいえ他企業のビジネスマン。間抜けたところをさらして、つけこみ易いと思われても困る。

「控室は明日総務の者が一人出てくるので対応させます。今日だけはすみませんがこの席を使って下さい」
「わかりました」

豪炎寺はビジネスバッグからノートPCを取り出して電源を入れる。

「……そうだ。当方の今回の目的を説明させて貰っていいですか?」
「え……」
士郎は少し怯む。自分の仕事じゃないのに、ヘタに話を聞いて相手の思うままに運ばれても困る。
「あの、すみません。今日は大雪で色々あって……僕一人しかいないので……」

「構いませんよ。むしろあなたに聞いて欲しいんです」

平然と返る答えに、士郎は言葉に詰まった。
たぶん何気ないフォローの言葉なのにヘンに深読みしそうなのは、心に食い込んでくる彼の熱い目ヂカラのせいなのだろうか。

「勿論忙しければ、後でもいいんだが…」
「あっ、じゃあ僕……部活を見に行く時間なんでまた後でっ…」

士郎は逃げるようにその場を後にする。
ほっとしたのも束の間だった。

「……どうしてついてくるんです?」
「サッカー部の練習なら俺も見たい」

「……えっ??」

立ち止まった士郎の顔に『僕がサッカー部だっていつ話したっけ?』と書いてあったのだろう。

「実は昨日、白恋町にきてすぐにここへ練習を見に来たんです」

「そう……ですか」

「その時あなたの指導も……ずっと見ていた」

ずっと……だなんて大げさだ。この寒さのなか外で見てられる時間なんてたかが知れてるのに。
士郎は肩を竦め、それから気が抜けたように息をつく。
ふと、タネあかしされたことに気づいたからだ。
彼は前日から現地入りしてたから、今日の欠航の影響を受けるはずなかったんだ……と。

「自然の恩恵を活用し、個々のチカラを最大限に引き出すプログラムがとても興味深いんだが……これはあなたのアイディアですか?」

「そんな……プログラムなんて言うほど確立されたものじゃないですよ」
飾らない称賛がくすぐったくて、士郎は顔をそらしわざと素っ気なく返す。
「それに、昨日少し見ただけではわからないと思います」

「たしかに……それもそうだ」
挑発的な士郎の返事をものともせず、豪炎寺は愉しげに答えた。
「これからじっくり見せてもらいますよ」


ああ…………なんだかいらつく。
豪炎寺という男にというよりも、どこか取り乱してる自分の不甲斐なさにだ。


職員室に戻ると、士郎は観念して豪炎寺からZメディカルサポートの今回のプロジェクトのことや、本体のZゼミグループの理念などの説明を受けた。

しろうさぎ本舗とZゼミグループは、食育分野で手を組むわけだが、Zゼミは心技体のバランスよい成長を目指し、中学生向けの“うさぎサプリ×Z教育プログラム”を開発していく考えのようだ。

「一緒にやっていけそうですか?」

「………ええ、まあ」

「良かった」

今後ともよろしく……と握手を求められた手を握り返し、隣合わせた机のそれぞれの仕事に向かう。
士郎は自分のデスクで開いたプリント作成中のPCの画面を見つめながら考える。

彼の語ったのは会社の方針に過ぎないのに、彼の思いとともに真っ直ぐ心に届いた。

僕はいつも、生徒たちにこういう授業ができているだろうか……。
ちょっと触発された気分だった。

 
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