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embrace2

士郎はシャワーを浴びた素肌の上に、借りた豪炎寺のシャツを着てキッチンに立っている。

身体を洗ってもらって、先にバスルームを出て……時計を見るともう夕方6時。きっと彼もお腹が空く頃だろうと思ったのだ。

それにしても使い勝手のいいキッチンだ。
きちんと揃った道具や調味料。
冷蔵庫を開けても、こざっぱりと整った生活感がある。

「何してる?」

後から出てきた豪炎寺がタオルで髪を乾かしながら、キッチンに入ってくる。

「あ……料理だよ。そろそろお腹空かない?」
「そうだな。夕食なら俺が作ろう」
豪炎寺は士郎から優しく包丁を取り上げ、野菜を転がしたまな板の正面の位置を取って替わる。

「何を作ろうとしてたんだ?」
「えっと……決めてないけど……チキンをソテーして野菜を添えようかなとか……でも僕は何でもいいよ」
「わかった」

豪炎寺を気づかって簡単なメニューを答えたつもりだった。

「手伝おっか?」
「いや、大丈夫だ。お前は座ってろ。少し無理をさせたしな」
「そんなの、君こそ…」
「俺はまだまだ、だ。煽られるのも歓迎するぞ」
耳元へのキスとともに熱い吐息で囁かれ、士郎は頬をそめる。
さっきデスクで豪炎寺を絶頂に誘うような台詞を操った自分を思い出し、今さらながら恥ずかしくて――。

「部屋の中……すこし見せてもらっていいかな」
「ああ。好きにするといい」

軽快な包丁さばきの音とともに、機嫌良く返事がかえる。
煽られた情欲を発散したからなのか……そういう自分も出会ってすぐに抱き合えたことで、心身は落ち着いて満たされていた。


それにしてもこの家はどこを見ても機能的で快適だ。
掃除が行き届いているのにも、改めて感心させられる。
でも……ウチとの違いはそこだけじゃない。
気のせいだろうか?
どことなく女性うけの良さを感じるセンスがすこし引っ掛かるのだ。

寝室のドアを開けると、広めのベッドとクローゼットだけの空間が現れた。
落ち着いた色調と、士郎のすきな彼の匂い……
ベッドにそっとうつ伏せになってみると、微かに香るラベンダー。士郎は誘われるように頭の上のシェルフに手を伸ばす。


「おい……士郎」

「……ハッ……」
鼻先でサシェを掴んだままうずくまるようにして微睡んでいた士郎がびくりと身を起こした。

「飯の準備ができたんだが……この状況は……まず先に俺に“ご馳走”を食べさせてくれるのか?」
「……違……うよっ!」
照れ気味だが熱い豪炎寺の視線に、士郎は慌てて起き上がり、乱れたシャツの裾とサシェを元に戻した。

「じゃあ下くらい……穿いてこい」
どう見たって、素肌に彼シャツ一枚だけの士郎は扇情的過ぎた。
一旦頭を冷さなければ、士郎の貴重な一泊旅行を情事で塗りつぶしてしまいそうで、それじゃさすがに申し訳ない。

「わぁ……何これ美味しそう」

まな板の上にあった食材は、見るからに美味しそうなチキンオーバーライスになってテーブルで士郎を待ちうけている。
士郎にとって名前も知らないメニューだった。
「てか、おいし……」
スパイシーにソテーしたチキンに、サラダのトッピング、その上からかかるヨーグルトソースは見た目もよければ味も絶品で……食べながら聞いた話では、NYで流行りのソウルフードらしかった。

「でもさ……こんな洒落た食事を、いつも君一人で作って食べてるわけ?」
士郎は拗ねたようにため息を漏らした。
「それに、君……料理上手すぎて反則」

「俺らしくない、と言いたいのか?」
上目遣いで睨まれた豪炎寺は一瞬呆気にとられるが、それから笑いを噛み殺して聞き返してきた。

「だって、和食党だとか言ってたくせにさぁ」
頷いて唇を尖らせる士郎を、豪炎寺は優しく見つめる。

「そうだな。自分の好みというより……俺のレパートリーは、家族と同居してた頃の妹のリクエストが多いな」

「そっか…………妹…さんが……いるんだ」
胸を撫で下ろす士郎の複雑な安堵の表情が、なぜか気になって……
「ああ。年の離れた妹がいて、よく面倒をみてたんだが……」
豪炎寺は答えながら、少し考えるように匙を置いた。
「妬いてるのか?」

「まさか。家族思いなんだね」
士郎はしおらしく目を伏せて首を傾げた。

長い睫毛の繊細な表情につい見とれてしまう。
食事している間さえ、抱きしめてキスしたくなる。
料理だって自分の作ったのより、断然士郎の手作りがいいのに――。


食事を終えると二人は、外へ出る。
「君がいつも見てる景色がみてみたい」と士郎が言うから。

毎朝のランニングコースを散歩すると、士郎は興味深げに辺りを見回しながら軽い足取りを運ぶ。
生暖かく淀んだ風にも、今は穏やかに見守られてるようで少し心地いい。
すきな人が住む街だから、すぐに愛着が沸くのかも知れない。


すっかり暗くなるまで歩いてから、部屋に戻ってコーヒーを飲んで。

ベランダからぼんやりと夜景を眺めていると、背中から抱きしめられて―――自然にベッドで肌を重ねている。

さっきデスクでなだれこんだような勢い任せではなく、お互いの感触を反芻するような愛撫が震える熱をまた呼び覚ます。

士郎は夢見心地で呟いた。

「……なんか……変なかんじ」

「変?……どこがだ?」

「君が……君じゃないみたい」

「フッ……俺は俺だ」

「そうなんだけど……」

ホームとアウェイ、みたいな感じだろうか。
白恋では攻められる快感が先走るけれど、今は彼にすべてを預ける心地よさが増している。

初めは賭けのような気分で一線を越えたっけ。
いつどんな形でゲームセットになっても、彼となら悔いはないと腹を括って。
それが今となっては……心身のぬくもりをわけあって、満たされて、それでもまだ欲しくてきりがなくて。
このループに終わりがあるなんて思えない。

「お前も……どこか変わったんじゃないのか?」

「……何も……変わらないよ」
弾んだ息でそう答えながら、士郎はハッとする。

問いかけというより確信に近い豪炎寺の口調。
そして……右の耳朶を口内に含み、人工的なくぼみをゆっくりと舌でなぞりながらもう一度囁く。

「本当に……何も変わらないのか?」と。



 
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