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early spring1

「これって……うさぎサプリ……だっけ?」

しろうさぎ本舗が健康食品分野に進出した―――という今朝のテレビのニュースを思い出し、士郎は呟いた。
たしかそのブランド名が“うさぎサプリ”だったような気がする。

「サプリなのに……結局おまんじゅうなんだね」
白恋中の職員室で配られた数個の試供品の一つを、士郎は神妙な顔つきで手に取った。

「い〜じゃん、本業は菓子屋なんだから。それにそいつの売りは『美味しく食べれるお菓子サプリ』らしーぜ」
隣の机に座っているアツヤはさっそく包装を破いて中の餅菓子を口に入れ「うまっ」と目を見開く。

「おいしいけど……これで何の栄養がとれるのかな」
士郎も同じのをそっと口に含みながら首を傾げた。

「そうだな、中身はこれからさ。東京の医療系の“Zナントカ”っていう会社と手ぇ組んでガキ向けサプリを共同開発するらしいぜ。ここでいろいろ試したりしてさ」
ここ……というのは白恋中のことだろう。士郎とアツヤの母校でもあり、今は二人の勤務先でもある。

「ふ〜ん……開発するのは自由だけど……」
士郎はため息まじりの声で呟いた。
「うちの中学の生徒たちを実験台にするのはどうかと思うな」

お前意外とおカタイんだな〜とでも言いたげに、アツヤは肩を竦める。
机の上の試供品はどんどん口に放り込まれて、もう全部なくなろうとしていた。

「スポンサー企業様の仰せには逆らえねーだろ?それに別に……どっちでもよくね? てか俺は菓子がタダで食えるなら、協力さんせ〜い♪」

はぁ、渉外担当がコレだからなぁ……。
士郎は肩を竦めてアツヤの机に散らばったサプリ菓子の包みを自分のと一緒に片付ける。
協業相手の会社のこととか、ちゃんと調べてるんだろうか。
いや社名すらうろ覚えな時点で、調べてるはずがない。


「しかし典型的ファミリー企業のしろうさぎ本舗が他企業と組むなんて、どういう風の吹き回しだろうな?」
「そこを見極めるのが渉外担当の仕事でしょ?しっかりしてよ」

放課後のチャイムが鳴った。
部活動が始まる時間だ。

サッカー部顧問の士郎は足元に置いていた荷物を持って「いってくるね」とアツヤに手を振った。


翌朝の新聞にも“うさぎサプリ”のことが載っていた。
Zメディカルサポート社とのサプリ共同開発に関する記事だ。

「えっ『この4月から白恋中で実証実験をスタート』……って?」

読んでいた士郎は思わず声をあげ、一緒に朝食のパンを食べてるアツヤを凝視する。

「あ〜そうだった。けどそんな騒ぐほど大した話じゃねーって」
「でも……『トライアルの対象は主として受験学年の三年生とサッカー部』って、この話アツヤ知ってたんだよね? 何でこんな大事なこと黙ってたのさ?」

士郎に睨まれたアツヤは頭を掻く。
「え〜と、重要…っつーか俺らが何かするわけじゃないし。Zナンチャラの連中がこっちに来て勝手にやることだから、あんまり関係ないだろ?」

士郎はため息をついた。
「でも対象は白恋の生徒でしょ。いい加減すぎないかい? 保護者への説明とかも必要だろうし」

「そんなのはZにやらせりゃいいんだよ。Zのディレクターと色々話してるけど、けっこーヤリ手そうな奴だから……心配すんなって」

アツヤは基本、頭がいいと思う。
そして人を見る目もあるし使うのも上手い。
でも状況把握や判断は早い反面、細かく深く考えるのはキライらしい。
その点士郎は逆だった。
目先がきいていて、機転と器用さには自信があるけれど、多方面に気配りしすぎて……案外溜め込んだりもする。
それを周囲に悟られないようにドライに振る舞っているのだけれど……。



春休みに入ってすぐに“その日”はやってきた。
アツヤの言っていたZメディカルサポート社のディレクターが来る日だ。

でも前の晩、予想以上の大雪が降った。

朝一番でマンション周辺の雪かきを済ませた二人は、色違いのレインコートを脱いでリビングに戻る。

「お〜やっぱ全便欠航か!?」

テレビをつけたアツヤの弾んだ声に、出勤の支度をはじめた士郎の手が止まる。
4月も近いのに、欠航なんて珍しい。

「……となるとZのヤツは、今日は来れねーな」

「連絡はあったの?」

「いや、無いけど。飛行機着陸できないんじゃ無理だろ」
アツヤは口角を上げて嬉し気に言う。
「こうなると俺もヤバいな。もう行かなくちゃ!」

「え? どこへ?」

「サハリンだよ。行くって前から言ってただろ?」

「そう……だけど……」
士郎は呆れて目を丸くする。
「夕方発つって話だったじゃないか?」
「バカ、飛行機飛ばねぇから今から船でいくんだよ」

「ちょっ………待ってよ、電車動いてないかも知れないのに」
「動いてるんだな〜これが。そんなん調査ずみなんだよ」

「学校は?」
「行くわけねーだろ。Zがこなきゃ俺は今日学校に用はねーの。じゃあな」
「アツヤっ……!」

―――まんまと逃げられてしまった。

渉外含め総務担当のアツヤは、担任も顧問もしていない。
国際教育にも力を入れる白恋中は、コルサコフの中高一貫校との交流が盛んで、それにはアツヤの尽力も大きかった。
情報交換や交流イベントの打ち合わせとか色々な用事で毎月出張するのも仕事だが、冬場はだいたい自分がウインタースポーツを楽しむの目的も兼ねていて。
だからあんなに楽しそうに飛んでいってしまうのだ……。


結局士郎一人で出勤してきた白恋中。

この急な昨晩の雪で、部員たちには一応練習中止の連絡を流しているが、何人か自主練にきたので裏山でスキートレーニングをして。合間に職員室で日頃の残務を片付ける……静かな昼下がりだった。

レトロなストーブの上で沸かしたお湯でコーヒーを淹れてデスクに戻った時、正門のインターホンが鳴った。

「……はい」

覗いたモニターの粗い映像が来客の男の端正な顔を映しだし、士郎は一瞬まじまじと見入ってしまう。

「Zメディカルサポートの豪炎寺です。吹雪さんはいらっしゃいますか?」

凛々しい中低音が包み込むように士郎の胸に響いた。

「………え……っと……今行きます」
想定外の展開に、そう返すのがやっとだった。

どうすればいいのかアツヤから何も聞いてないが、とにかく相手を待たせるわけにはいかない。
士郎は慌てて校門へと来客を迎えに走った。

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