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士郎が練った白恋中の“新・食育プラン”が企画書の形になるまでに、さほど時間はかからなかった。

Zに見積りを依頼する際に、豪炎寺と一緒に詳細を詰めて無駄を削ぎおとし、要所を磨きあげたからか、コストも想定よりだいぶコンパクトに収まり、早くも導入が楽しみになる位の出来ばえだった。


「今日ね、白恋高の新校舎を見に行ったんだ」
『そうか。アツヤもいたのか?』
「うん、相変わらずだったよ。実家から通うようになったらさっそく太ったらしくてさ…」

アツヤの職場が札幌に移り、一人暮らしになった士郎の部屋。寂しくなったけれど、リビングで電話をしていても誰に睨まれることもない。

「あ、それで……白兎屋社長にも会ったんだけど…」
『…………』
士郎の声が少し翳るのを読み取った豪炎寺の眉間が僅かに動く。

士郎は白恋高校で白兎屋社長と会い、話の流れで今考えている“新・食育プラン”の概要を話すに至ったらしい。

社長は成果が出ている現状も認めてくれたし、Zの名前を出しても嫌な顔はしなかったけれど、結局『真剣ゼミと同額以下でなければ採用できない』という答えを覆すことはできなかった。

「やっぱり、方針を変えるなんて、簡単にはいかないよね」
身内の温情を期待していたのだろうか……電話の向こうの士郎のため息を、豪炎寺は苦い顔で聞く。

『まあ、相手はビジネスマンだからな。ビジネスの話でなくては動かないだろう』

「ビジネスの話? どういうことさ?」

『平たく言えば“儲け話”だ。お前は新プランを話すとき、社長にどんなメリットを伝えたんだ?』

「メリット……は……白恋中がもっと良くなること……かな」
『それだけじゃ社長へダイレクトに届かない』

鋭い指摘に士郎が息を呑む。
眉をひそめ唇を噛む士郎の表情が、豪炎寺の脳裏に浮かんだ。
動揺するとどこかを彷徨う癖のある白い指先も………今は何に触れているのだろう?
息づかいひとつで士郎のいろんな仕草が思い浮かんでしまい……豪炎寺はざわめく胸を落ち着かせようと、天を仰いで息を吐く。

『攻め方はあるはずだ。あせらず一緒に考えよう』

「……うん、わかった」
士郎は素直に頷いた。
「来年度のことなら……アテはなくはないんだ。ただその先とかいろいろと……」

『それなら尚更、ゆっくり話せばいいじゃないか』
豪炎寺はベッドサイドのサシェを指でなぞりながら、優しく囁く。
『俺は……お前とこういう話をすること自体が愉しいんだ』

「ふぅん……ずいぶん呑気だね」

『焦っても結果は同じだろう』

投げやりではない、むしろその逆。可能性を確実にたぐりよせようとする意志を宿した豪炎寺の声に、電話機を握りしめていた士郎の表情がようやくゆるやかになる。

やがて沈黙が訪れても……二人は電話の向こうに耳を澄ましあったままだ。

『―――お前、ラベンダーが好きなのか?』

「え? 好き…っていうか……」
ラベンダーは好きというよりもっと身近なもので……いわば自分の一部のような感覚に近かった。
彼に咄嗟に手渡したのも、自分の代わりに傍に置いて欲しかったからで……

『いい香りだな』
「ふふ………嗅いでくれてるんだ?」
士郎の笑う吐息が漏れる。
「精神安定にも良いらしいよ。いつも落ち着いてる君には必要ないかもだけど」

『いや。今の俺には有難い』

士郎のことを考えると、気持ちの高揚がコントロール出来ない。紛らわせようとついオーバーワークになりがちだから……
豪炎寺もラベンダーの香りを通して、あの町の大地や風や太陽の残り香を嗅ぎとろうとしている。
それを傍らに忍ばせてベッドに横たわれば、いくばくかの安らぎとともに目を瞑ることができるのだ。


豪炎寺が帰京してから3ヶ月。
思えば“会いたい”と口にしたことはお互いに一度もなかった。

二人が出会った白恋のフィールドで、宙に浮いたままのプロジェクト。
そこでの仕事を通して絆を深めあった二人は、再開のメドが立つまで “その言葉”を口にしようとしない……暗黙の決意を秘めていたのかもしれない。

冬が来るまでには、せめて手がかりだけでも掴みたい。
士郎が“ある賭け”に踏み出した直後、それを見計らうかのように豪炎寺からの誘いが入る。

“お前の仕様書に沿ってプログラムを試作したんだが、見にこないか?”

出勤してPCを立ち上げた士郎は、届いていた彼からのメールをチェックして……まん丸になった目でその一文を二度見する。

見に来ないか……って?
学校生活にどっぷり浸りすぎて札幌の実家すら遠い状態の士郎にとって、別世界の言葉すぎて一瞬呑み込めなかったのだ。

“どこへ?”

思わずすぐに返信で問い返すと、即レスが帰ってきた。

“東京出張。できないか?”

えっ………僕……が!?
士郎はドキリとして身を竦め、人のまばらな職員室内をこそっと見回して躊躇いがちにキーのタッチを運ぶ。

“出張なんて後ろめたいよ。休日使って何とかするから”

“仕事の話だぞ。後ろめたいって、お前何しにくるつもりなんだ?”

「っ……!」
士郎はキーボードを操る手を止め、音をたてんばかりの勢いでノートPCを閉じた。
頬が熱くて鼓動が暴れてる。

口角をつり上げて笑いを噛み殺しながら返信する豪炎寺の表情が脳裏に浮かんで……なんだか腹立たしいのと同時に少し切ない。

拗ねて横を向けば、頭を撫でながらこっちを向かせて機嫌直しのキスをくれる……
そんな豪炎寺を妄想しながら士郎は途方に暮れた。
職員室にいるというのに見境ない自分。
もう―――これ以上がまんできるわけがなかった。



11月の大会直後の土日。
士郎は羽田空港にいた。
部活の世話は白恋高校へ出向中のアツヤに頼み込んできた。
教育プログラムのおかげで引き継ぎもスムーズだし、急な出張がらみで今まで散々士郎に仕事を押しつけてきたアツヤに文句が言えるはずもない。

大会の遠征以外で北海道を離れるのは何年ぶりだろう。
秋のハイシーズンで込み合うゲートをくぐってロビーへと出る。

ついたらすぐに連絡する約束なのに、人波に流されて立ち止まれない。
歩きながらコートのポケットからスマホを取り出そうとした腕を不意に掴まれて。
同時に愛着のある声が耳に届いた。

「士郎」

余裕ない顔を見せたくないのに、夢中で振り向いてしまう。
でも相手も切羽詰まった顔をしていたから、おあいこだった。

 
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