×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

lavender3

ここは広いけど小さな町だから……どこへ行っても何をしてても彼の思い出がついてきてしまう。

心のだいじな一部が欠けてしまったみたいに、いつもどこか頼りない。
真夏なのに寒さに震えるような肌の感覚もすべて、彼と離れているせいだからだと思う。

早朝の職員室でPCを立ち上げると、今日も豪炎寺から仕事のメールが届いている。
離れても自分の手掛けた仕事は、きっちりやり遂げるつもりなのだろう。
頼もしい限りだけれど、メールの送信時間が真夜中なのが気になった。

(豪炎寺くん、ちゃんと寝てるのかなあ……?)

こっちにいる間は吹雪兄弟宅で夕食を食べて、そのあとマンションの部屋に豪炎寺を車で送り届けていたから。PCは学校の保管庫に眠らせてきているし、部屋でやれることは限られてる。

それに彼が送り狼ならぬ送られ狼になることも多かったし……今思えばお互いに、お互いの存在がオンとオフのスイッチになっていたんだと思う。
“仕事” と “恋愛”
二つのチャネルがあることで、生活に輝きが増し、甘く潤っていたんだということが、今になってよくわかる。


“お昼、ちゃんと食べてる?”

昼休み、届いたメールに思わず関係のない返信を打つと、すぐに返事がくる。
その一文に士郎は思わず顔を赤らめた。

“ちゃんと食べてる。昼になるといつもお前の心配そうな顔が浮かぶからな”

その後に続いて入ったメールに、今度は胸を熱くする。

“お前こそ昼休みはちゃんと休めよ”

会いたい――――と切に思う。


夏が駆け足で過ぎていくなかで、士郎は教育プログラムの成果を資料にまとめ始めた。
次年度に向けて、うさぎサプリをどう活用したいのか、そのために必要なプログラムのことを―――恋人に会いたい一心ではなく、冷静な考察の元でちゃんと組み立てた。

Zメディカルサポートのサービスは質が良いぶん高価なことも承知の上だ。
かつ士郎の構想も半端なものではなく、うさぎサプリとZのプログラムを部活と全学年に展開することで勉学共に大幅な底上げを図る一大改革で、実現するには白恋中だけの予算では到底回らないことは目に見えていた。


「……いいんじゃね? てか、すげーこと考えてんだな」
案を見たアツヤは、士郎のPCから顔を上げる。
「見積りは取ったのか?」

「これからさ。まだ豪炎寺くんにも見せてないし……」

6限目の授業の空き時間。他の職員も数人いるが皆席が離れてて、卓上の書棚で仕切られた机からキーボードを叩く音だけが漏れてくる。

「今回はさすがにスポンサーの出資は期待できねーぞ。じき俺も居なくなんのに……どうすんだよ?」
アツヤは声をひそめて言う。
彼は10月に、白恋高校の立ち上げ準備のため札幌へ異動することが決まっていた。
しかも白恋高校ではうさぎサプリの食育システムを、Zのライバルであるベネッテ社の“真剣ゼミ”で運用する予定であることも聞いていた。

「大丈夫。僕らのスポンサーは白うさぎ本舗だけじゃないよ」

「はあ……!?」
青ざめたアツヤが椅子ごと士郎に近づいて、肩を掴んで顔を覗きこんでくる。
「お前……正気か? まさかZゼミに取り入ろうって訳じゃないだろうな? あっちは木戸川清修の正式スポンサーなんだし、話ややこしくすんなよ?」

「そんなのわかってるよ」
アツヤが常に白兎屋を立てて、Zグループに対して距離を置いて接しているのは知っている。
「でも、だとしてもお互い様だよね。白うさぎ本舗だってZグループの期待の若手を水面下で引き抜こうとしたんだから……」

今回うさぎサプリとZメディカルサポートが手を組もうとしたのは、白うさぎ本舗とZゼミのビジネスというより、あくまで白兎屋一族が豪炎寺という男を狙っていただけにすぎない。

それに白うさぎ本舗が、身内同様の士郎と他企業が懇意になるのを好まないこともわかってる。
白兎屋社長は昔から吹雪兄弟を買っているし、信頼しているのだ。
今回豪炎寺を札幌に引っ張れなかった穴埋めに、アツヤが抜擢されたのもその表れだろう。

だからこそ白兎屋の構想の中心となる重要なポストから背を向けて離れた豪炎寺を、再び白恋に連れ戻そうとすること自体、かなり異端な行動なのだけど―――覚悟の上だ。

「しがらみがあるのはわかるし、仕方ないと思う。でもそのせいで白恋を良くするチャンスを潰すのも嫌なんだ」

「ごもっとも。けどそれはキレイごとだろ? 現実的に考えりゃ来年度は白恋中にも真剣ゼミに支払う分の予算は下りるだろうよ。でもそれっぽっちのカネじゃ、お高いZのディレクターはせいぜい一ヶ月しか雇えねえ」
アツヤは肩を竦めて吐き捨てると、冷やかすように士郎を肘で小突く。
「……で、どうすんだ? 豪炎寺は恋人のためにボランティアしてくれるような甘い男じゃないぜ?」

「わかってるよそんなこと……」
逆撫でされた士郎は、苛つきを鎮めるように指先を何度か耳元に持っていく。

「……?」
アツヤはその物珍しい仕草を視線で追って……驚いて急に椅子から立ち上がった。
「おいっ……それって……ムググっ……」
声は抑えてはいるが、ざわつく空気に職員室内の視線をちらほらと感じる。

士郎に口を塞がれたアツヤは、視線だけで訴えるように睨みつけてくる。



案の定、帰宅早々士郎は“ピアスの穴をあけたこと”をアツヤに散々なじられた。

当然といえば当然だ。
だってアツヤが大学時代に開けたいと言った時、家族のなかで士郎だけが反対したのだから。
“両親からもらった大切な身体だから傷付けちゃダメだ”と―――

やったのは昨夜遅く、洗面所の鏡に向かって。
通販で入手したピアッサーで耳朶を挟んだ時、それがアツヤを諭した言葉と矛盾する行為だとは思ってたいなかったのだ。

「っ―――」

覚悟した割に、痛みはさほどでもなかった。

彼を想って締めつけられる胸や……愛撫で彼に噛まれたときの刺激の方がよほど響いてくる。

それほどちっぽけな痛みだった。

それよりさいきん涙腺が狂ってるみたいだ。
よくわからないタイミングで急に弛むのだから。

その時だって、あまりにも呆気なく装着に成功した透明なファーストピアスが、淋しさ紛れにもならなくて……拍子抜けした瞬間また涙が溢れてきた。

 
clap
→contents
→ares
→top