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lavender2

出発は翌日の土曜だった。
士郎は新千歳から発つ豪炎寺を車で空港まで送るつもりだった。

午後の部活をアツヤに頼んで校門を出ると、見慣れたシトロエンが停まっていて、運転席からスーツ姿の豪炎寺が降りてくる。

「荷物……全部入った?」
「ああ。難なくな」

士郎は返された車のキーを受け取り、運転を代わる。

ウィークリーから引き払った荷物は士郎たちのトランクルームに眠らせることにした。
士郎もアツヤもウインタースポーツ好きだから、道具などを置くスペースはふんだんにあった。

窓を開けて走る車。
爽やかな夏の風を受けて走る国道は、空気も澄んでいて渋滞や信号で止められることもなく快適だ。
牧場にはもちろん、畑の中にも羊が点々といたりして、士郎の言う通り人より多く目についた。

「ここはやっぱりいい所だな」

「そうかな。都会の人には退屈なんじゃない?」

「いや、そうでもないぞ」

青空に映える豊かな自然の風景はどこまでも続いている。
豪炎寺の横顔が満たされてるように見えて……士郎は昨夜彼のすべてを受け止めてあげられてよかったとつくづく思う。


「もうすぐいいものが見れるよ」

言い終わらないうちに、緑の大地を区切る広大な紫が目の前に広がる。
ラベンダー畑だ。

「富良野ほどじゃないけど……なかなか綺麗でしょ?」

士郎は車を路肩に寄せて停めた。
「ちょっと待ってて」
紫の風景に目を見張る豪炎寺に囁いて、車を降りる。


「こんにちは」
「おやおや、しーちゃん。久しぶり」

民家の裏手を覗いた士郎に、日除けつきの麦わら帽子を被った老婆が納屋から顔を出して笑いかける。
血縁はないが、小さな頃からの顔見知りだ。

「アッくんもいるのかい?」

「いえ……今日は知人の……観光案内で……」
士郎はしどろもどろになる。
アツヤも一緒なのかと訊かれたのは、小さな頃ここをランニングコースにしていた記憶が、おばあちゃんにとって昨日のようだからだろう。

「あの……これでサシェを一個作らせてもらっていいですか?」

「いいよ、いいよ。幾らでも持ってきなさい」
おばあちゃんは嬉しそうに何度も頷いて、薄い紗の袋をいくつも渡そうとする。

「あ、でもひとつで大丈夫……ありがとうね」

士郎は大きなザルの上で乾かしてあったできたてのポプリを一掴み掬いとり、丁寧に小袋に詰めた。

「何だかすごくいい顔してるねぇ、さてはいい人にあげるのかい?」

「そ…んなんじゃ……ないよ」

サシェを仕上げながら照れて目を伏せる士郎を、おばあちゃんはニコニコと見守っている。

「リボンもそこから好きな色を使いなさい」

「……はい」

最初は赤に目が止まり……それから迷いながらピンクに指先を伸ばし……結局白にたどり着く。



フライトの時刻は予定通りだ。
搭乗案内の場内アナウンスにしたがって一緒にゲートに向かう豪炎寺の背中を見つめながら、士郎は思う―――こんなに甘く切ない気持ちで誰かを追うのは初めてのことだ、と。
いや、そもそも誰かを追いかけることも―――

「あの、これ……あげる」
ゲートの手前で振り向いた豪炎寺に、士郎はポケットに潜ませていたサシェを差し出した。

「この香りで……ここのこと、たまには思い出して…」
言い終わらないうちに抱きしめられた。
「思い出す?……忘れる方が難しいんだが」
苦笑まじりだけれど真摯な口調が、士郎の心に熱い波紋を落とす。

「俺からお前に贈るのは……ネックレスがいいか?」

豪炎寺の指が士郎の頬をなぞる。

「ううん……待って」
士郎はいつかの会話を思い出しながら、目を伏せ首てを横に振る。
綿菓子みたいな羊の群れが夕陽にそまったあの日に戻れたらいいのに……。
「もう一度じっくり考えさせてくれる?次会うときまでには必ず決めておくから……」

「わかった」

交わした会話はそれだけだった。

「元気でね」
「ああ。また連絡する」

何気ない挨拶を最後に二人は別れた。

今度いつ会えるかわからないのに、ついていくことも追いすがることも出来ない。

豪炎寺と背を向ける直前、見つめあったときの深い眼差しに湛えた名残惜しさの色だけをたよりに、明日へ進んでいくしかない。


僕は彼に恋人らしいことをしてあげれたのだろうか?

食事はたいてい「美味しい」と喜んでくれる。
お弁当はアツヤの取り計らいで、給食が支給されるようになって作らなくなってしまったけど……。

体の関係はむしろ、気持ちよくさせてもらうばかりだった。
僅かな苦痛を伴ったのは最初のうちだけで、今は自然に彼を受け入れて、何度もすぐに上り詰めるようになって……

彼はたまに「甘えてすまない」なんて言うけど、依存してたのはこっちの方だ。
傍にいると安心した。
白恋をサテライトオフィスにして仕事にいそしむ真摯な横顔も好きだった。
深い色の双眸を覗きこむと、絶えず強い眼差しで真っ直ぐ見返してくれた。

そして彼もたまに少しだけ寄りかかってくれるのが、すごく嬉しくて―――

帰り道。ハンドルを握りながら、涙があとからあとから頬を伝うのをどうすることもできずに、士郎は運転し続ける。
自分自身に戸惑いを覚えていた。
誰かのために自分が泣くなんて、自分のためにさえ泣くことさえ思いもよらなかったのに―――。

空港で買ったお土産を、サシェのお礼に、ラベンダー畑のおばあちゃんに渡すために立ち寄って。
その時の立ち話で、ラベンダーの花言葉を知った。


―――君を待っています―――




家に戻ると、アツヤが先に帰ってきていて。
士郎の顔を見るなり「なんかやつれたか?」と無遠慮に訊ねる。

黙って俯く士郎が、キーケースに戻そうとした車の鍵を取り上げたアツヤが、ぽつりと言った。

「腹へった。久しぶりにジンギスカン食いにいかね?」

 
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