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breeze4

その日豪炎寺は定例会に参加するため、仕事を早く切り上げて札幌に出向いていた。
電車の本数は少ないが、乗ればそんなに遠くない距離だ。
白兔ビルの会議室に着くと、社長秘書が待ち構えていて、車に乗せられ別の場所へと案内された。

そこは全国的に名の知れた三つ星レストラン。ビジネスとはかけ離れたエレガントな店構えは非日常への入口のようだ。最上級の個室へと足を踏み入れた時、予測していた展開が確信に変わる―――

社長と夫人、そしてその一人娘と囲むフレンチディナーの食卓。
白兔屋なえにはうさぎサプリのオフィスで何度か会ったことがあるが、今日は装いが違った。

社長が機嫌よくヴィンテージのワインを開けさせ、美しい彩りの料理が運ばれてくる。

そこで話を切り出された時にはもう、豪炎寺は決意を固めていた。

『来年度から白恋高等学校を開校する準備が整った。そこで君にはうさぎサプリを活用したスクールライフサポートと、サッカー部の監督を頼みたいんだが……』
いかにも好条件であることを仄めかす白兔屋社長の口振り。

『それは弊社にサポートシステムを任せて頂けるということでしょうか?』
豪炎寺は真面目に聞き返す。
相手の意図にない質問とわかっていて堂々と返してくる立ち回りも、社長が彼を気に入る理由の一つだ。

『いや“君”に任せるんだよ。他企業に大事な仕事を託すのは私のやり方ではない―――云いたい事は君なら解るだろう?』

つまりこれは縁談でもある。
豪炎寺を娘の婿に、その上で “白兔屋に入って仕事しないか” と誘っているのだ。




すっかり住み慣れたウィークリーマンションの一室。
心配げに訪ねてきた士郎を前に、豪炎寺は今日あったことを隠さず話した。

小ぶりのダイニングテーブルを挟んで向き合う二人。
互いに身を乗り出せればキスだってできそうな距離で、士郎は物憂げなため息をつく。

「……で、君は……何て答えたの?」

「もちろん断った。一応丁重にな」

「……そう………せっかくのオファーなのに残念だったね」

彼のサッカーへの思い入れの深さは伝わってくるから………士郎のなかで交差するいろんな気持ちの隙間から零れた素直な言葉だった。

「俺はそうは思わない。与えられたフィールドで飼われるのはごめんだ」

キッパリと返る答えに、士郎は安堵する。
けれど自分が彼の足枷なのではないかと、気にもなっていた。

「なえちゃんは……いい子だよ」

「だからどうした?お前に言われたってまるで説得力がないな」

豪炎寺は苦笑して士郎に口づけながら立ち上がった。
謙虚な思いやりは受け取ることにする。
だが士郎と出会ってしまった自分には、士郎以外のすべてが霞んでみえる……至高の存在を手離すつもりは1ミリだってなかった。

士郎はぼんやりと豪炎寺の動きを目で追っている。
家具の配置の工夫で簡易に区切られはいるが、ワンルームなので、彼が何をしているのかが手に取るように見えてしまう。

「一緒に入るか?」
豪炎寺がスーツを脱ぎながらバスルームを視線で示すが、士郎は首を横に振った。

平静を保てているつもりだが、士郎のどこかが動揺している。
白兔屋なえという……自分にとってとても身近な存在が、豪炎寺との間に割り込んできたからなのか。

豪炎寺はいい男だ。周囲が放ってはおかないことは想像できる。ある意味士郎自身もそうやってちやほやされてきたから……でも、今回の相手はどこかの知らない女性とは訳がちがう。なえだから胸が痛んだ。

それに、豪炎寺の出した答えはいくら言動が丁重だったとしても、社長と令嬢に恥をかかせたに違いない。
白恋で白兔屋の意向に背いたということは、ここでのビジネスに終止符を打ったのと同じじゃないのだろうか―――


「もう……服着てったら」

「ああ。ほとぼりが冷めたらな」

備え付けのベッドのスプリングを軋ませて、熱い半身を士郎に重ねた豪炎寺が鼻で笑う。
いつか近いうちに広いベッドで一緒に寝られるようになるかな……と思い描いていたのは、ひとまず夢で終わるのだろう。

「まだ発情してるのか?」

「……してないよっ」

抱かれたまま向けた背中が彼の熱に触れて火照る。
でも今日の士郎の肌は、刺激よりも安らぎを求めてる。
こうしていればおのずと伝わる鼓動とぬくもりが、それを満たしてくれる。
うらはらに豪炎寺が発する色香に惑わされてもいて、求められたら、きっと流されて応じてしまうだろうけれど。

悲しい気持ちのまま抱かれるのはやだな―――
そう思いながら、耳元を吸う唇の感触に身を任せ、士郎はとろんと目を閉じる。

「すまないな。突然こんなことになって動揺しただろう?」

「……まあね……でも君を責めても気の毒だし」

彼だって心を痛め動揺してるにちがいない。恋人との関係に波風を立てたり、ここに住む約束を阻むような選択を迫られているのだから……

「もっと取り乱して騒いだほうがよかった?」

「いや。素直じゃないのもお前の魅力だ」

豪炎寺の率直な言葉に、士郎の胸がきゅんと高鳴った。

強く抱きしめてくる腕に身をゆだね、背中から届く鼓動を全身で聴いている。
会いに来てよかったと思う……いろいろあって大変だった彼とこうして今夜一緒にいられてよかった、と。

やがて、耳朶に触れた唇から聴こえてくる寝息。
士郎も回された手にそっと唇を押しあてながら眠りに寄り添った。

行き場のなかった気持ちも、彼の腕のなかで凪いでいく士郎の胸に舞い戻り、ゆるやかに落ち着いていくのがわかった。


 
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