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breeze3

彼といると毎日の彩りがどことなく鮮やかになる。
北国の短い夏の太陽の明るさのせいなのか。
五感で吸収するすべてが輝きを増して、士郎の心を浮き立たせる。

豪炎寺が白恋の町に来て3ヶ月が過ぎようとしていた―――。


「なんだ、豪炎寺帰っちまったのかよ?」

早めのお風呂を済ませた士郎がバスルームから出てくると、来客対応で遅く帰ったアツヤがつまらなそうにソファーに座っている。

「ううん、今日は来てないんだ。定例会みたい」

「はあ?ホントに定例か?……最近回数多すぎだろ」

定例会というのは、うさぎサプリ×Zメディカルサポートの共同実験について、月二回ほど行われる関係者の懇談会のことだ。
白兎屋社長も入って今後の方針などが議論される重要な会議らしい。

豪炎寺は相変わらずウィークリーマンションに滞在していたが、学校から徒歩で寄れる士郎たちの家で夕食の世話になる日も多くあった。
恋人の元を訪れるというよりも、アツヤもいるし、同僚宅に立ち寄る雰囲気なのだが……。

だがアツヤも兄と同い年の豪炎寺を珍しく慕っていた。
対等な友人なら他にもたくさんいるが、自信家のアツヤが誰かに一目置くなんて今まであり得ないことだった。

士郎の初めての恋人に対する詮索も凄かった。
渉外を務めるアツヤは元々Z社の窓口なのだが、豪炎寺に関する情報収集は業務範囲を越えている。

おっとりした士郎が豪炎寺から直接聞くより先に、アツヤが情報を入手していることもよくあった。

「夕食は?」
「いらね。客と食べてきた。それよりさ……これ見ろよ」

「…………」
タオルで髪を乾かしながら士郎はだまって薄い書類を受けとる。

「白恋高等学校設立計画書……?」
お風呂でくつろいでスイッチがオフになっている士郎は、ゆっくりと文字だけを追う。

「札幌に高校ができるんだね。来年度から生徒募集……って、結構急だね。知らなかったよ」
「ああ。コンサドーレとも提携してる、実質サッカー強化校だぜ。うさぎサプリも導入して白兔屋さんがいよいよサッカー教育に本腰を入れるってわけだ」

「……へぇ……うさぎサプリ……」
ってことはZメディカルサポートの教育プログラムも絡んでくるんだろうか?
士郎がそう考えた矢先、アツヤが重い声で切り出す。
「そうだ。つまり……」

空気を読んだ士郎は、深刻な不思議そうにアツヤの隣にちょこんと腰を下ろす。

「これって豪炎寺が狙われてるってことだろ?」

「狙われる?」
士郎は首をかしげた。

「わかんねぇのか?」
危機感のない士郎に呆れたようにアツヤは肩を竦める。
「白兔屋は代々家族経営を貫いてる。今はZと組んでるが、本腰を入れるときは必ず“身内で”やるだろう」

「……え? でもさ。今の白恋中の実験がうまくいってるのは豪炎寺くんの働きで…」
「だから。その豪炎寺を引き抜きたいんだよ。白うさぎグループ、いやたぶん未来の白兔屋五代目統帥として」
「…………はあ?」

でも五代目はなえちゃんが……と言おうとしたがそんな雰囲気ではない。
アツヤは険しい顔で話を続ける。
「俺……こないだ豪炎寺に探り入れたんだ。いつまでウィークリーなんかに住んでんだ?って」

「……っ……なんてこと……」
それは『そろそろ士郎と一緒に落ち着かないのか?』という催促がミエミエみたいで、士郎は顔を赤らめる。でもひそかに思っていたことには違いない。

「受験指導もサッカー部も実証の効果が出てる。本格運用はいつなのかってのもな。そしたらアイツ……」
ワントーン下がったアツヤの声が、士郎の心にズシリと響いた。
「うさぎサプリとZメディカルサポートは、パートナーシップを結ばないかも知れない……って言いやがったんだ」


―――ざわめく心がなかなか落ち着かない。

順調に見えている共同開発が、水面下でゴタついている?
それに五代目統帥のこと。家族経営ってことはその座につく人間は身内のはずなのにどうして豪炎寺が出てくるのか。

“豪炎寺が狙われてるってことだぞ”

“わかんねぇのか?”

アツヤがシャワーを浴びている間に、胸騒ぎを押さえきれなくなった士郎は、家を飛び出していた。

『豪炎寺くんとこにご飯お裾分けしてくるね』

テーブルに残してきた書き置き。
今日作りすぎた夕食を、彼の明日の朝食用にと少し持っていくのはもちろん口実だ。

彼のことは信じてる、何があっても。
ただ、無性に顔が見たくなったのだ。


士郎はウサギ型のキーホルダーをぶら下げた合鍵でマンションの部屋に入る。
そして備え付けの小さな冷蔵庫を開け、チキンと野菜スープの保存容器を収めた。

豪炎寺は家事にもこなれているようだ。
部屋はいつ行っても綺麗だし、士郎が置いていく容器はいつもきちんと洗われて所定の位置に積まれている。

ウィークリーと言ってももう3ヶ月近く滞在しているそこは、彼の存在感が根づいた空間になっていて―――会えなくてもそこにいるだけで士郎の心が落ち着いていくのがわかった。

求めていた安心感を少しだけ補給できた士郎は、洗ってある容器を回収し、書き置きでも残していこうとふとペンを握った。その時だ。

カチャ……と解錠の音がして、士郎は手を止める。


「あれ?……早いね」

明かりの点いた部屋にいる士郎に、豪炎寺の眼差しが真っ直ぐ刺さる。

「ああ。今日の定例は……想定外のことが起きたんで、打ち切りにした」

複雑な色をしているが、真摯な熱を帯びた目が愛しげに細められる。

「君、何か……悩んでない?」

「そうだな。色々あるが、大丈夫だ」
目を伏せる士郎に豪炎寺の気配が近づく。
「お前がいれば……俺は……」

少し思い詰めたような声だ。

抱きしめられてるけれど、包んでるのは自分の方な気もする士郎は、豪炎寺の背中に両手を回してそっと撫でた。

「今日……泊まってあげようか?」

「……有り難いな」

豪炎寺を見上げると、綻んだ唇どうしが引き寄せあうように優しく触れる。

熱くて溶けるような、いつもどおりのキス……なのに……
会合に似つかわしくない洒落た洋酒の甘い吐息が口内で絡むたび、士郎の胸を苦しいほど締めつけた。

 
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