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bloom3

どうしてあの晩すぐに彼に会っておかなかったんだろう―――
週末を前にして、士郎は少し後悔していた。
豪炎寺がZメディカルサポートから呼び出され、一時帰京することになってしまったからだ。


「すまないな、こっちから誘っておいて」

「べつにいいよ。君が謝ることじゃないでしょ」
士郎は目を伏せて素っ気なく返す。

「俺のメインはあくまでここでの仕事だ。白恋のことは向こうでも見ておくから、お前も何かあればいつでも連絡をくれ」

士郎がひた隠す寂しさや落胆は、多分豪炎寺には伝わってないと思う。
仕事の話に終始したまま、二人は学校で別れた。

Z社の別のルートからアツヤが聞いた情報によると、豪炎寺はもたついている別プロジェクトのテコ入れのため、都内の学校にしばらく駐在するらしい。
長ければひと月近く帰ってこないとかで………

「桜……散っちゃうじゃないか」

誰もいない職員室。
ノートPCの画面を眺めながら、士郎はため息とともにひとりごちる。

手のひらに収まる小さなマウスを操って、Z社との共有フォルダを開くと、そこには白恋サッカー部の育成プログラムができていた。
ここに選手のデータを流し込むと、日々のメニューを個別に弾き出してくれる。
士郎はそれをチェックして、必要に応じて修正するだけでいい。

これはうさぎサプリ×Zグループのコラボのためだけに作られたんじゃない。
士郎がセンスと感覚で動かしてきた白恋サッカーを、豪炎寺が体系化した、指導の基礎だ。

自分が指導の中に散りばめてきたエッセンスが、まるで数式のようにキレイに整理されプログラムになっていく……この一ヶ月のあいだ、士郎はその過程を胸のすく思いで眺めてきた。

豪炎寺とはお互いに仕事の上でも息が合い、刺激しあえる関係になっていることに改めて気づく。
その証拠に彼がいない今、仕事はうまく回っているのに、とにかく味気ないのだ。


「はぁ〜なんか久しぶりに平和だよなあ」

ドアが開く音にも気がつかない士郎の隣の席に来たアツヤが、やけにリラックスした顔をして椅子に腰をおろす。

「おっ……効果出てんじゃん。うさぎサプリってすげーんだな」

返事をせずにPCを操る士郎の横顔をチラリと見ながら、アツヤはからかうように言う。
「ま、サプリがいいのか、Zのプログラムがいいのか……」

「プレイヤーがいいのさ」

「……へ?」

「いいサプリがあっても使い方が上手くないと生きないよ。Zは生かすツボを見抜いて、すぐ形にして動かした。そこがすごいところさ」

「ヘぇ〜、Zってか豪炎寺がスゴいって言いたんだろ?」

アツヤが画面から目を離さない士郎の頭を指先で軽く小突く。
「アニキの頭んなか豪炎寺でイッパイってカンジだぜ」

明るい口調だが、アツヤの目は笑ってない。
ほかの誰かに気を取られてる士郎を見るなんて今までにないことで、喜ばしくもあり……ゆゆしき事態でもある。

「違うよ。今はあえて彼の手のひらで踊ってあげてるのさ」

選手の状態が視覚化されたり、トレーニングメニューを半自動で組み立てることが出来るようになって、状況把握や単純作業の手間が減った。
そのぶん新しいアイディアや戦術を練る余裕も出来て、チームの伸びしろが増えたのを士郎は感じていた。

「まぁ、今までは彼のお手並み拝見ってとこ。次は僕が彼を驚かす番だよ」

ピロンとデジタル音がして、話している士郎とアツヤの視線の先……PC画面で新着メールのメッセージが舞い込んだ。

「お、ダンナからじゃん」
「だっ……」

アツヤは士郎の手からマウスを取り上げ、メールボックスをチェックする。

「何だこれ? 豪炎寺、豪炎寺……豪炎寺ばっかじゃねーか」

「……見たっていいよ。全部仕事の話だから」

「マジか……」
アツヤは今日だけでも十通は超える二人のメールのやり取りをいくつかクリックして呟いた。
「お前ら一応深い仲なんだろ?その割に味気ねぇな。ちゃんとラインとかしてる?まさかセフレ…」

ガタンと音を立てて士郎が立ち上がる。
わざとか? いつもの優雅な士郎には似つかわしくない荒い振る舞いにアツヤは面食らう。

「じゃ僕、部活行ってくるから」

冷たい声で言い放ち、閉じたノートPCを小脇に抱えて出ていく士郎。

ひょっとしてアニキ……ガチでアイツにハマってるのか?
てか今泣きそうだった? まさかな?
アツヤは首をかしげながら自分の机に向かいPCを立ち上げるが、なんとなく仕事が手につかない。

『新雪に踏み込んだ責任を取れ』
豪炎寺にはそう釘を刺したもののそれは“士郎をフるのは許さない”という意味だ。
士郎が豪炎寺をフるのは構わないと思っていたのだが……意外と士郎も純情で思いが深いのかも知れない。

「チクショー……」

そこまでの相手に出会えて良かったと思う気持ちと、大事な兄を奪われたような寂しさが入り交じった動揺をもて余したアツヤは、机に突っ伏した。


帰宅後、どことなく不安定な士郎を見かねたアツヤは、GW後半に予定していた里帰りを一緒にしようと誘ってみた。

里帰り……というか本来の故郷は白恋町なのだが、今は札幌に住んで働く両親のいる場所が兄弟の実家になっている。
アツヤは札幌周辺に在住の同級生たちと集まって遊ぶ約束をしているのだが、士郎も気晴らしに連れて帰ろうと思ったのだ。
両親の顔でも見れば、少しは気も紛れるだろうと。

「せっかくだけど……僕はいいよ」

「何でだよ、お前も最終日休みだったろ?」

「うん。でもいろいろ……こっちでやりたいこともあるから」

いろいろ……なんて士郎が言うのはどうせ所帯染みた用事だろう。
DIYとかベランダ菜園とか、単なる日用品の買い出しだったりとか……大した用事じゃないに違いない。

「あのさ、フツーの休日でも出来ることなら別の日に回して…」

「今週しか無理なんだ」

「はぁ? お前何すんの?」

士郎は少し迷うように視線を泳がせながらも、きっぱり「お花見」と答えた。



 
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