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bloom2

やばい。幸せだ―――。

昼休みの控室で一人こんな気分に浸ることになるとは思いもよらなかった。

士郎の手作り弁当を食べながら、つい感慨に耽ってしまう。
薄味で繊細……それでいてしっかりした士郎の味つけはまさに豪炎寺の好みそのものなのだ。


「どう?……食べ終わった?」

五時間めの休憩時間に、士郎が控えめに顔を出す。

「ああ、ご馳走さま。凄く旨かった」

「……お粗末さまでした」
真顔で褒められて頬が火照るのを自覚しながら、士郎は軽くなった弁当箱を手に取った。

「この程度なら……僕、毎日作ってきてあげてもいいけど」
「それは有り難い」

予想をはるかに上回る好反応だ。
豪炎寺の目の輝きが眩しくて、士郎は弁当箱を胸に抱えて俯く。
そんな士郎の仕草を見て、なんとなく照れくさくなった豪炎寺も視線をPCに戻して仕事を再開する。

しかし弁当とはこんなに旨いものだっただろうか。
食欲だけじゃなく、心まで満たされるなんて……
そんなことを口にすれば、士郎からは「そんなに思いを込めて作ってなんかないよ」などと冷たく返されるのだろうが。

「士郎」

「なに?」

「せかすようで悪いが、そろそろ部屋を出た方がいい」

「……え?何で?」

「これ以上二人きりでいたら……お前を抱きしめてしまいそうだ」
「もう、何言って…」
唇がさりげなく触れあい、すぐに離れてく。
士郎は灰碧の目を見開いて言葉を呑み、赤くなった顔を隠すようにその場を後にした。



「わぁ、すごいキレイに食べてくれてる」

夕食の後片付けついでに弁当箱を洗う士郎の独り言に、食卓にいたアツヤが過敏に反応する。

「“食べてくれてる”じゃねーだろ!“食べさせてやってる”んだ。しかもこっちが残り物を食ってな」

「そんな言い方ないよ。夕食を多目に作っておいて、先に少しお弁当箱に詰めただけじゃないか」
「いやいやそれ自体、間違いだろ。わが家の夕食を何で一番最初によそ者に食わせるんだ? アイツには前の晩の残りでいいんだよ」

アツヤはまだ膨れている。
そんなこと言われても、作った食事はだいたいその日のうちにアツヤが完食してしまうのだから、どうにもならないじゃないか。

さて、明日は何を作ろうかな……

冷蔵庫を開けて食材を見ながら、士郎は胸を膨らませる。自分の作ったものが豪炎寺の口に入ると考えるだけで弾む気持ち……でも、ふと切なさがよぎった。

豪炎寺の感触を思い出したのだ。
あの情熱的なタッチがよみがえってきて、肌が火照りだす……


片付けを終えて、自分の部屋でひとり。
士郎はさっきからずっと握りしめていた携帯のパネルを思い切って操作する。

「はい……豪炎寺です」

少し長いコール。
五回目を過ぎて、切った方がいいかと迷った矢先に繋がった。

「あ……もしもし……僕……」
「士郎か」

昼間も顔を合わせてるのに電話なんて、ヘンに思われるかも……
そんな躊躇いも優しい声に名前を呼ばれて吹き飛ぶ。

「君が……退屈してるんじゃないかな…って、ふと思ってさ……」

笑い声みたいな吐息が耳に届いて胸が熱くなる。自分の吐く息も熱を帯びている。

「お前は……退屈だったのか?」
「そうでもないよ。家事を終えてひと息ついたところさ」

冗談まじりの質問につい大真面目に返してしまう。
いつもならさらりと受け流すところなのに、自分らしい会話はどこにいったのだろう。

「俺は……」
豪炎寺の息が僅かに弾んでる気がする。そして立ち止まるような……足音も聞こえた。
「ちょうどお前のことを考えてた。だから声が聞けて嬉しい」

「っ…………」
正直な言葉に心を揺さぶられる。
“僕も”だなんて素直に言える心の準備は整っていなくって、今気になったことがさりげなく口をついて出る。

「いま……外にいるの?」

「ああ。よくわかったな」

彼の足音が微かに聞こえてた。
柔らかい靴底の……ビジネス用の靴ではないと思った。

「ランニングしてたんだ」

「へぇ……感心だね」

「毎朝走るのを習慣にしてる。夜のは褒められた動機じゃないが」

「何で?」

「言っただろう。お前のことを考えていたって」

士郎のことを思うと居ても立ってもいられいんだ……と暗に言われた気がして、士郎の胸は高鳴る。
“嬉しい”と“困る”が7:3くらいの割合なんだけど、それをどう言い表せばいいかわからなくて、無言のなかで彼の歩く足音だけ聞いている。

「この道の桜並木……もうすぐ咲きそうだな」

「え? ああ……アーチ通りの?」
士郎はホテル近くを通る、市街中央の通りを思い描きながら話す。
「駅前の一条通りの桜並木さ、満開になると桜のトンネルみたいになるんだ。だからアーチ通りって地元では呼んでて……」

町名に“恋”がつくこの町には、ロマンチックなスポットがところどころにあった。

駅前の東西を走るこの道にも“夕ぐれ時桜のアーチの端と端で向き合うと、西日からキューピッドの矢が放たれて相手を射止めてくれる”というエピソードがあるのだが……今はあえてそれは話さないでおく。

「桜が咲いたら……二人で見たいね」

「そうだな。楽しみにしてる」

ようやく“会う約束”までたどり着いた二人。
でも桜の見頃は早くてもGWあたり、まだ十日近くも先だ。

「その前にも……会えないか?」
焦らされた豪炎寺は率直に訊ねた。

「え……いつ?」

「そんなの今からだって……」
このまま走って会いに行ったっていいと思う。
前のめりの勢いを隠さない豪炎寺は、言葉だけ控えめにいい直す。
「いや、明日……もしくは週末までにはどうだ?」

本能を露わにして抱きあった仲だ。もう士郎に隠すことなど何もない。
迷いない豪炎寺とは対照的に、士郎は努めて冷静に距離をおく。

「明日学校で……予定を確かめてみるよ」
「……わかった」

「また連絡するね」

「ああ。いい返事を待ってる」

おやすみを言い合って、通話をオフしても……まだ豪炎寺と繋がっている気がする。
それほどまでに彼の存在が自分の中で大きくなっていることに、士郎は戸惑いとときめきの交じったため息をついた。


 
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