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bloom1

ホテルから士郎をタクシーで送り出した後、数時間遅れて豪炎寺も白恋中を訪れる。

グラウンドに立ち寄ってサッカー部の休日メニューをしばらく視察し、そのあと控室に詰めれば、まもなくアツヤが追うようにやってくる。

「おはよう」

「……おう」

「ちょうど良かった。士郎とお前に相談したいことがあってな…」

仕事の話を始める豪炎寺にツカツカと歩み寄ったアツヤは、いきなりグイッと胸ぐらを掴む。
「昨日は兄貴が世話になったな」

豪炎寺が暴挙にも怯むことなく落ち着いて自分を見下ろしているのが、苛々を加速させた。

「……ああ、こちらこそ」
「っ!!」
カッとなったアツヤが思い切り拳を振るうが、豪炎寺にかわされて両者で睨み合う。

「校内で暴力沙汰は良くない。外に出るか」

「くそっ……もういい!」
わかってる。怒ってもしょうがないことは……所詮八つ当たりなのだ。
大人げないことはもう止そうと、アツヤは近くの椅子にドサッと腰を下ろして深い息を吐く。

昨夜は、士郎から『泊まってくる』とホテルの部屋らしき場所から連絡を受けた。
豪炎寺と二人で出掛けたのは知ってたから……一線を越える心配も含め、自宅で一人悶々と夜を明かした。

でも恋愛アレルギーの士郎に限って進展はまずないだろうと思ってた。
そういう雰囲気になりかけて拒否反応が悪化する方を懸念していたのに、まさかこんな簡単に落とされるなんて……!

二人に何かあったことは、翌朝の士郎をひと目見てすぐに分かった。
朝一番の学校で顔を合わせた士郎は……なんだかいつもと全然違ってたから。
表情がほんのりとなまめかしく色づいて、まるで花のつぼみがほころぶようで……

「お前……ゲイじゃねーよな?」
「そういう趣向はない。士郎は特別だ」

アツヤは少し安堵する。
嗜好的な意味で士郎にちょっかいかけられたんだとしたら、さすがに黙っちゃいられない。
まあ見るからにコイツは違うっぽいが……

「お前……わかってるよな? 兄貴はキスから何から初めてだったんだぞ。手ぇ繋いだことさえ……恋愛に関しては天然記念物なんだ」
話しながらまた苛々が募りだす。

「手つかずの新雪に踏み込んだ責任……キッチリ取るんだろうな?」
「―――責任?」
今度は豪炎寺も険しい顔になる。
「まるで俺が士郎を穢したような言い方だな」

「っ……そんなようなモンだろ?」

「いや違う。俺はアイツの真っ白さに惹かれた。綺麗なままずっと大切にしたいと思ってる」
まっすぐ言い切る豪炎寺に、アツヤはドキリとした。士郎に馳せる豪炎寺の思いが一瞬だけ……溶けるような優しい目の色に浮かんだ気がした。



「くそー『真っ白な士郎が好き』だあ? あのキザ野郎め!!」

二人とも帰宅している夕食の食卓。
豪炎寺の口ぶりをマネながら舌打ちするアツヤの前に、具だくさんのグラタンの大皿が置かれる。
もちろん士郎の手作りの焼きたてだ。

「おまたせ。さあ、食べて。お代わりもあるからね」

「…………いただきます」

学校はあったが休日だからか、結構手の込んだ料理だ。
フォークを突き入れると、チーズと魚介の香りが食欲をそそる。
アツヤは一口食べて、思わず「ウマイ!」と目を見開いた。

「兄貴、また腕をあげたんじゃね?」
アツヤは続く言葉を呑み込む。

「豪炎寺くんは……三食とも外食なんて……かわいそうだよね」と士郎が呟き、ため息をついているのだから。

まじか―――。
アツヤは愕然としながら士郎を見守る。
士郎はすっかり“恋する表情”をしてる。
マズイぞ。
士郎はまるでアレルギーで口にしたことなかった食材を、いきなり三ツ星シェフの超高級フルコース三昧で際限なく味わおうとしてる。
副作用とか何も起こらなければいいのだが―――。



「おい。まだ何か用があるのか?」
「いいや別に。用がなきゃいちゃいけねぇのかよ?」

「……お前もそんなに暇じゃないだろう」
ため息まじりの豪炎寺の言葉が『士郎なら用がなくても大歓迎なのに』というニュアンスを含んで聞こえたのは、決して誤解じゃない。

月曜の昼前だ。
さっきまでは士郎もここにいた。
プロジェクトが始まってひと月が過ぎ、経過についての打ち合わせをしていたのだ。

豪炎寺は煩そうにPCに視線を戻して手を動かし始め、すぐに仕事へと意識を集中していく。

士郎が今まで恋をしなかったのは、ホントに過去の苦い思い出のせいなんだろうか?とアツヤは思い直す。
違う気もしてきた。
豪炎寺みたいに高スペックな男に今まで出会えなかったからなんじゃないだろうか。
士郎自身もハイクラスな奴だから。今まで釣り合う相手がいなくって、高嶺の花で居続けてただけで―――
あら探しでもしてやろうと思ったが、未だに非の打ち所がない男の端正な横顔を見つめながら、アツヤはぼんやり考えていた。

そのまま数十分経って。
少し遠いチャイムが聞こえてくる。

「いい加減、戻らないのか?」

PCを閉じた豪炎寺がめんどくさそうににアツヤを見るが、次の瞬間表情がほどけた。
ノックが聞こえ、ドアのガラスから士郎が顔を覗かせたからだ。

「アツヤ、給食届いたよ」

「あ、そ。親切にどうも」

はにかんでるような士郎の顔をちらりと見やり、アツヤはジャージのポケットに手を突っ込んで立ち上がる。

「ほら、お前も行くんだろ?」

「あ、うん。でも先行ってて……」
ドアですれ違い様アツヤに肩を小突かれた士郎は、何かを背後に隠して取り繕うような笑みを作る。

そんな兄を不審げに睨みながら立ち去るアツヤの背中を、消えるまで見送ってから、士郎は豪炎寺の方へと振り返った。

「あの……豪炎寺くんは……お昼……いつもどうしてるの?」
「うさぎサプリの売上に貢献してる」

豪炎寺は真顔でおどけた。
白恋中は給食制だが、新学期から『間食指導』の開始にともない売店でうさぎサプリブランドのパンやデザートなどのトライアル販売をしてるのだ。

「え〜、感心だけど……あれって軽食しかないよね?」
「まあな」

何でそんなことを訊くのだろう?
この辺りに飲食店はおろか、コンビニもないことは士郎も知っているはず……

「あのさ……」
デスクから立った豪炎寺に、士郎が恥ずかしそうに歩み寄る。
「よかったら……これ食べて」

豪炎寺は驚いて目を見開いた。

士郎差し出したのは、水色のハンカチに包まれた弁当箱だったからだ。


 
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