あやしい実験(F)3
結局、僕の願いは聞き入れられずプロジェクトは中断された。
僕の体内では豪炎寺くんのオーラが結合しない……その結果がすべてだ。
諦めるしかない、と呑み込んだ。
でもきもちは……全然納得していない。
午後からさっそくプロミネンスというチームの練習に合流し、その時“エイリア石”というペンダントをもらった。
マフラーの上からそれをつけてみると『アニキ。それ、いいもん貰ったじゃねえか。暴れまくろうぜ』と久しぶりにアツヤの声が僕の脳裏に響いた。
ああ………そうだった。
フィールドに立てばまた、あの葛藤がよみがえるんだ。
サッカーをするときの僕の身体は亡き弟アツヤと共有しているような状態にあることを、コンセプターの実験のあいだはすっかり忘れていた。
体内に残る発情のモヤモヤは、エイリア石のチカラに掻き消されていくのかも知れない―――だけど、心のつっかえまでも溶かしはしない。
「あの……僕、プロミネンスにもちゃんと参加します。だから……コンセプターも続けちゃだめですか?」
数日たっても諦めきれず、キラエージェントをつかまえて訪ねてみると「まだそんなことを言ってるのか」と呆れ顔をされる。
「おいおい、その歳でS液が病みつきになるとはマセてるな。 だがアレを作るのには高額な金がかかるんだ。我々の一存ではどうにもならないんだよ」
トップの判断というなら、彼らも逆らえない。
そういうことなら引き下がるしかないだろう。
でも僕はS液だけに未練があるんじゃない。
適合種のオーラに体内を満たされる毎朝の営みが、僕にとってとても重要なものになっていたから。
何がどう重要なのか思考ではよくわからないのだけれど、とにかく本能がそれを強く求めていた。
ああ―――そうだ。
高くつくのは“人工”だからだよね?
本物の彼なら―――キラエージェントたちの助けを借りなくっても、僕にたくさんのオーラを浴びせてくれるかもしれない。
これまでのいきさつを話せば、きっと……。
考えても仕方ないことだと知りながら、暇さえあればそんなことが頭の中をぐるぐる巡る。
プロミネンスに参入後、一週間もしないうちに僕はマスターランクに上り詰めた。
そうなるといろいろな面で特権があたえられた。
成り上がりの僕にはまだ制限もあるけれど、ひとまず自由に外出できるようになった。
不思議なもので、エイリア石のチカラに拘束された僕は、外出を許されても『逃げる』という発想を持たなかった。
施設では何不自由ない生活が送れていたし、ここにいるエイリア学園のみんなと同じで―――逃げたところで帰る家があるわけじゃない。
ただ、エイリア石のチカラが僕のすべてをコントロールするわけでもない。
心のどこかでまだ “僕自身” はひっそりと保たれていた。
だから僕は……ここまで辿ってきてしまったんだ。
ある時、風に乗ってきたフェロモンのようなものに引かれて、ふらふらと人里離れた山奥まで踏み込んだ。
生い茂った木の影で、僕が息を呑み見守り続けていたのは、立ちあげた金髪に端正な顔立ちの少年。
成熟したボール捌きと的確な身のこなしは見惚れるほどで、肉体もバランスと密度がしっかりと出来上がっていて……眼差しの迫力と醸し出すオーラが凄い。
あれが豪炎寺修也くん―――?
かっこいいな。
顔は知らなくたって、今まで浴びていたオーラの持ち主であることはすぐにわかった。人工のものとは比べ物にならないリアルな彼の存在感が、少し離れた場所にいても五感に迫ってきて、僕の身体の熱を上げ、鼓動を速まらせる。
大木の間に張ったネットをゴールに見立て、彼の左足から放たれるシュートは、どれも目の覚めるような威力を見せつける。
―――ズドン!―――
不意に、それた一本がポール代わりの木に弾かれ飛んできた。
ぼーっとしていて気づくのが遅れた僕は、直撃を避けようとしてよろめき、その気配に豪炎寺くんが振り返る。
「おい……」
駆け寄ってきた彼が、俯く僕の顔を覗きこんだ。
「すまない。今の当たってないか?」
豪炎寺くんの眼差しがまっすぐ僕を射抜く。
訝しげにひそめた眉の動きに、僕はハッとして……シャツの下からそっとエイリア石のペンダントをちぎりポケットに隠した。
この石に洗脳されてる自分に疚しさを覚え、彼にそれを見抜かれるのを恐れたからだ。
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