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実験の成果(F)1

あの日、僕は夜明け前に灯台を後にした。

まだ一緒にいたい……名残惜しさとたたかいながら豪炎寺くんの腕を抜け出して……マフラーを首に巻くと『戻らなきゃダメだ』とアツヤの声に叱咤された。

確かに、僕がこのままここにいつづければ、豪炎寺くんの居場所をキラエージェントたちに知らせることになりかねない。
そもそも豪炎寺くんは、連中につけ狙われているが故にこうして身を潜めているのだから―――。



エイリアの組織に戻った僕は、体調の変化を訴えてプロミネンスへの参加を控えるようになった。

これにはアツヤから不服の声もあがったけれど、ここは譲れない。
僕がエイリア石を持っていないことを組織に悟られてはまずいのに、石をつけずに練習に参加したらパワーの差ですぐにバレてしまうからだ。

身体の変調を伝えれば、離脱を怪しまれることもない。
連中の注意が元の実験に向くことも、承知の上だった。

今になってわかったのだけど、あの実験が失敗に終わった原因は、人工S液の利用にあるのだと思う。

人工と本物の両方を味わった僕だからわかるんだ。
構成要素だけを模造したってダメだ。何かが足りなくて、そのせいで本物とはかけはなれたものになっている。
身体は正直だった。
豪炎寺くんの本当の精液を飲んだとき、コンセプターの実験の影響がまだ抜けきってない僕の身体の奥で、ぼんやりとしたオーラが疼くように反応を起こしていた。
これを何度か繰り返せば、きっと僕の体内で彼のオーラは結合するんじゃないかと確信するほどに―――。


僕の体調の変化の原因を探るため、組織から再検査の指令が下り、その結果コンセプターの実験が再開にされた。

何故なら再検査で、僕のなかに豪炎寺くんのオーラが活性化した形跡が見つかったからだ。

実験によって再び僕の身体は発情状態にされ、毎日の経口S液の服用が始まったけれど―――僕はそれを飲まずに中身をこっそり捨てていた。

断続的な発情状態にされ続ける身体も、前ほど僕を翻弄しなかった。
だってこの発情も擬似的なものだ。
豪炎寺くんから本当の性的興奮を与えられた僕の身体は、もう騙されることはない。

あれだけ欲しがっていたS液を、僕が飲んだフリして捨てているなんて夢にも思わない連中は、中々進まない経過を問題視して、別の手を考えはじめているようだった。

そんなある日のことだった。


「それ……何ですか?」

コンセプターになってから舞い戻った病室のベッドで、食事中に運ばれてくるS液を見て、僕は思わず看護師さんに訊く。
それはいつものチューブの形ではなく、太い注射器のような容器になっていたから。

「経口じゃ効かないから、今日から注入タイプに変えるらしいわ」

注入、ときいて僕は顔をしかめる。
「あの、僕点滴はダメで……」
「点滴じゃないわ。お尻から入れて消化吸収器官に送るの…って、ごめんなさい。食事中だったわね」

「ええ……ちょっと……めまいがして……」

看護師さんは蒼白になった僕の顔を伺いながら「食事終わる頃にまた来るから」と申し訳なさそうに出ていった。

気分が悪くなったのは嘘じゃなかった。
受けなきゃならない実験とはいえ、そんなやり方は絶対いやだ……嫌悪感が体中をぐるぐる回る。
S液を挿れると言われたところは……豪炎寺くんが指や舌を使ってだいじに愛撫してくれた場所だ。
内側からもたらされるじわじわした快感の先に……彼から与えられる刺激をもっとほしがって身体が疼いた。
そんな快感を思い浮かべるだけで、頬や身体じゅうを熱が巡りだして心がときめきに弾む。

だからこそ、その反動からくる嫌悪感が凄まじいんだ……。


――――さて、どうしようか。


人工S液を注入されるのを回避し、かつ、ことを荒立てずにここから逃げ出すには―――?

豪炎寺くんと過ごしたあの日から十日ほどがたち、僕のここでの生活もいろんな面で限界がきている。
いわばいつボロが出てもおかしくない状態だ。

そして、彼のもとにあえて残してきた“あの石”を、豪炎寺くんはどう捉えたのだろう―――?


辺りを見渡す僕の目に、床の上に落ちているクリップが止まった。カルテ類を束ねていたものだろう。

そうだ、あれを使ってみようか……。

『雪原の皇子』と呼ばれる僕が、こういう手癖の悪いこと、できればしたくないのだけれど……。

手先は器用な方だ。
クリップを伸ばした針金で、焦燥と戦いながらもどうにか“仕込み”を済ませた。

あとは、あの看護師さんの人のよさに頼ってどれだけ時間引き伸ばせるかだ―――。

僕は個室の “トイレのドアの鍵が内側から掛かってること” を外のノブを動かして確認すると、食事のトレーにメモを置き、人目を盗んで静かに施設を後にした。

コンセプターになっても、マスターランクの権限はもったままだから、セキュリティゲートも普通に通過できる。

ゲートにはログが残るけど、それはもう仕方ない。


食事を終えた頃を見計らい看護師さんが戻ってくる。
僕の姿は見当たらなくて、かわりに彼女はトレーのメモを見つけるだろう。

『お腹が痛いので、お薬いただけますか』

これで彼女の注意は鍵の締まったトイレに向くに違いない。
人のいい彼女を騙すのは心が痛むけれど、彼女はきっとすぐに薬をとりにいってくれて、トイレに声を掛ける。
返事がなくてもしばらく待って………おかしいと思い始めるまでには、多少時間がかかると思う。

異変を察したキラエージェントたちがトイレをこじ開け僕がいないことに気づけば、ゲートのログを見るに至るのは時間の問題だけど……逃走したことがバレても、その後僕がどこにいるかを突き止められるまでには、さらにいくらかの時間がかかるだろうから。

早く―――。
その間に一目でいい。豪炎寺くんに会いたい。

実験で誘引された発情状態のおかげで彼に対する五感が鋭くなっている僕は、フェロモンと記憶を辿って、彼の居場所………あの灯台へと一直線に向かった。



 

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