積極的過ぎて


視察も終えて一段落。閻魔大王に報告し執務室へ戻ると上司がなにやら熱心に本を読んでいた。
ぱらりとめくり、うーんと唸り、たまにチェックするようにペンを走らせてはまたページをめくる。
なんだか真剣だな…。私には関係ないけど。集中しているところをわざわざ声をかけるのも憚られて無言で席に座れば、鬼灯さんはようやく私に気がついたようだ。

「視察はどうでした?」
「特に問題はなかったですよ。しいて言えば従業員不足ですかね」

結婚だの退職だのと毎月一定数はどこかしらやめる人がいる。
もう少し採用に力を入れてもいいんじゃないか…と話しているのに、この上司全然聞いてないな。どうでした?と聞きながらそれはないだろう。

「何読んでるんですか?そんな熱心に」

すごく気になるわけでもないけど、無視されると気に食わない。仕事しろと文句言いたくても書類はほとんど片付いてるし、本当に隙がないというかなんというか。
聞けば鬼灯さんは顔も上げずに答えてくれる。

「物件を探してまして」
「物件?どこかに引っ越すんですか?」
「ええ…というより将来のための家を」

なんだろう、すごい関わりたくない。聞いた私が馬鹿だった気がする。放っておけばよかった。
いやでも、将来といっても色々あるし。退職したあとのことかもしれないし…鬼灯さんが退職することはまずないと思うけど。
何が何でも私に関係することじゃないと思う。鬼灯さんも大きな家に住んでみたいとかあるのかもしれない。
言い聞かせていれば鬼灯さんはパラリと見ていたものを見せてきた。

「名前はどんな家に住みたいですか?」
「…なんで私に聞くんですか」
「そりゃあ、結婚して子供ができるとなるとここで暮らすわけにもいきませんし」
「何を言っているのかさっぱりわかりません」

やっぱり聞かなきゃよかった。またそうやって変なこと言い出して私をあたふたさせる作戦だな…!
け、結婚とか子供とか…気が早すぎるだろ。こうやってちょっと考えてるだけでこの上司の思う壺だ!

「名前は私と結婚してくれないんですか?」
「まだ私たち付き合ったばっかりですよ。気が早いですよ」
「もう一ヶ月は経ちますよ」
「スピード婚にも程がありますよ。知るかそんなこと!」

なんでそうやって真顔で言うのかな。結婚することが前提みたいに。
いやいや、だからこれはまたからかってるわけで。

「そんな冗談言ったって私は照れませんからね!」
「冗談ではないですよ。それより私には名前の顔が赤く見えるのですが」
「気のせいです。歩いて帰ってきたから暑いだけです」

私も何を焦ってるんだ。また変なこと言い出して。
そりゃあ、好きな人…にそんなこと冗談でも言われたら考えてしまうというか。まんざらでもないというか。でも心の準備ってものが。
だって私はこの前ようやく想いを伝えられたのに、急にそんな話ができると思うか。私の心は思ったよりこの上司との恋愛に強くない。
誤魔化すために仕事をしようと机の上の書類に手を伸ばす。だけど見慣れた判子が押してあるのばかりで仕事が見つからない。

「視察大変だったでしょう?代わりにやっておきました」
「鬼灯さんが優しいと不吉な予感…」
「酷いですね。あなたを思ってやったのに」

うわ気持ち悪い。なんなんだよもう。そんなことしてくれたって考えてやらないから!
手持ち無沙汰ですることがない。ここを出ればまだ仕事はたくさんあるし、変なこと言ってる上司とは離れたい。そろりと立ち上がれば無言のプレッシャーに座るしかなかった。

「嫌ですか、私と結婚するのは」

そして隣から聞こえてくるいつもの低音。耳にまとわりつくような、聞きたくないと思っても心に入り込んでくるそれは拭いようもない。
嫌とか嫌じゃないとかなくて…。絶対鬼灯さんもわかってて言ってるもん。否定できないことを知ってて言ってる。

「今は考えられません」
「私はずっと結婚したいと思ってるんですが」
「知りませんよ」
「むしろ付き合う過程なんていらないと思っているんですが」
「めちゃくちゃですよ!」

なんで急にこんな積極的なわけ?突然結婚話とかどこで何があったんだよこの上司。
その机に乗ってる雑誌は結婚したい女子が読むものだろうに。はては獄卒から没収した雑誌見て興味持ったな…!ついでにからかってやろうとか思って変なこと言ってるんだ。
ああもう、誰だよ仕事場に雑誌持ち込んでる奴!
ぐいぐいと積極的な鬼灯さんに迫られつつそれを追い払う。鬼灯さんはようやく落ち着いてくれた。

「いや…なんというかもう、毎日名前を想って悶えるくらいなら手元に置いてしまおうと思って」

そしてそんなことを言う。
鬼灯さんはどうしてこう、ストレートというか素直なんだろう。読めないときは隠して全然わからないのに。突然こうして変なことを言い出すから困る。
次から次へと人を恥ずかしがらせるようなこと言って…毎日想ってるとか……。それを真顔で言うんだからもう。

「もう手元にあるようなものじゃないですか。部屋も隣だし、職場は一緒だし」
「仕事のときは仕事モードですから。やはりプライベートの時間がもっと必要です」
「どの口が言ってるんだか…」

何が仕事モードだ。いつも変なことばかり考えてるくせに。仕事が終わって私の部屋に突撃してきたことが何回あったか。
それにプライベートまで毎日鬼灯さんと顔を合わせなきゃいけないなんて、想像しただけでも心がやられそう。精神的に来る。

「結婚したら毎日名前を愛でることができるんですよ。最高じゃないですか」

演説するように何を言ってるんだ。というか鬼灯さんから愛でるとか言われても全然嬉しくない。

「なんだか悪魔の契約に思えてきました…絶対結婚したくない…」
「大丈夫です。また名前から結婚したいと言わせてみますから」
「……いやだ」

それはやめていただきたい。それだけは。思い出しただけで恥ずかしくて死んでしまいそう。
心が弱っていくのがわかって、いつもなら睨んで上司のうわ言を黙らせるはずなのに、困ったように俯くことしかできない。
追撃をしてこないところを見ると、私が困っていることに気がついている。視線がビシビシと伝わってきて、きっと目を合わせたらまた何か言われる。
鬼灯さんは近づいてきて私の目の前に雑誌を置いた。

「私は本気ですから」

その言葉にドキリとした。そんな声で言わなくてもいいのに。さっきまでまだ冗談みたいだったのに、そんな真剣なトーンで言われたらこっちも茶化せないというか、本気で受け取ってしまうというか。
何度私を追い詰めれば気が済むんでしょう、この上司は。
部屋を出て行く後姿を見つめながら、雑誌をゴミ箱に放り投げた。

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