積極的過ぎて


「閻魔大王、これ今朝までですよ。また鬼灯さんに怒られますよ」

出勤してすぐ気がついた書類を持って閻魔大王のところへ向かう。
暢気に欠伸を零していた大王は間抜けな顔を披露してくれた。え?じゃないよ。回りに回って被害が来るのは私なんだから。

「ごめんごめん。これチェックすればいいの?」
「はい。判子押してくれればいいです」

難しい書類ではなく、さらっと目を通せばそれで済む。それをどうして提出期限までに出来ないのかは謎だ。
できた、と渡されて確認すれば、なんとか鬼灯さんからの小言は言われないで済みそうだ。
ありがとうございます、と軽く頭を下げながら今日中の書類をきっちり確認していれば、閻魔大王は私の格好を見て目を瞬かせた。

「そういえば、どうしたのそれ」

いつもとは違う着物が新鮮なのだろうか。閻魔大王は頭の上から足先まで視線を落とした。
なんとなく、本当になんとなくだけど、たまには違うのもいいかなって。袴ではなく普通の着物を着たい時だってあるし。
気分転換です、なんて適当に返せば閻魔大王は微笑んだ。

「へぇ、似合ってるよ。とってもきれい」
「ありがとうございます」

髪型を変えたり着物を変えたりするとよく気がつく閻魔大王。現世では怖い存在として見られてるけど、実際は優しいおじさんだ。ニコニコと笑っている顔を見てると、あの無表情で怖い鬼を見るよりも心が癒される。
仕事は出来なくて優しいのと、仕事はできるけど厳しいのはどっちがいいんだろう。私の上司は極端すぎて駄目だな…。

仕事の話に戻しながら今日の予定を確認していれば、もう一人の上司がやってきた。
朝からあんな怖い顔見たくないな…と思っていればそれはきっと読まれている。
後ろから膝かっくんされて転びかけた。何してくれるんだ。

「痛いですよ。なんで蹴飛ばすんですか!」
「普通にやっても面白くないので」
「変わらないねぇ」

それでも最近は一番酷いときより穏やかになった方だと思う。出会いがしらに金棒で殴られるよりはマシだよね。
苦笑する閻魔大王とすぐに仕事モードに切り替わる鬼灯さんに呆れながら、私は早く執務室に行こう。と思ったら、鬼灯さんも私の格好に気がついたようだ。
そうだ、鬼灯さんと会うのは執務室にしようと思ってたんだ。ここで変なこと言われたら嫌だ。だから早起きして大王に急いで今日の予定説明して…。
さっと歩き出せば腕を掴まれてしまった。

「名前、それ着てくれたんですね」
「今言わなくていいです。あとにしてください!」

せめて二人のときに。誰かに言いふらすとか本当に勘弁…!
「やはり似合いますね」なんて全身を見られて、閻魔大王のときとは違ってなんだか恥ずかしい。鬼灯さんの言動に閻魔大王も興味津々だ。

「なになに?鬼灯君が選んだの?」
「いえ、選んだのは名前です」
「でも買ってあげたんだ。よかったね名前ちゃん」
「もういや…この恥ずかしさどうしよう」

この着物はこの間のデート…買い物で買ってもらったもの。せっかくだし着ようかなと思ったわけじゃない。たまたま拷問指導したときに袴が破けちゃって、替えがなくて仕方なく…!
頭の中でぐるぐる回る言い訳があからさま過ぎて、もっとマシな言い訳は思いつかないものか。もらったものを身に着けるってなかなか勇気がいる…!
鬼灯さんは頭を掻き毟る私の肩に手を置いた。

「似合ってますよ。綺麗です」

閻魔大王には聞こえないくらいの声で呟かれる。
あのデート…違う、買い物のときから私はまたおかしい。いつもならすぐに言い返すのに、思わず言葉に詰まってしまう。
鬼灯さんの顔を見て言葉を考えていれば、鬼灯さんは私を見つめたまま付け足す。

「着物が」

と。なんだろうこれ。前にもこんなことあったような…。
嬉しいとは思ってないけど、褒められて照れていた自分が恥ずかしい。本当にさっきから何なんだ!

「…言うと思ってました」
「そんなに顔を赤くして?本当は嬉しかったんでしょう?」
「ほ、鬼灯さんこそそう言って、実は照れ隠しで付け加えたんでしょう!」

びし、と人差し指を向けていれば、鬼灯さんはそれを握って曲がらない方向に曲げた。
折れる折れる。いや、本当に。眉根を寄せながら睨んでくる顔が超怖い。なんとか回避はしたもののじんじんと痛んでくる。

「図星だからって暴力はいけないですよ」
「今日はやけに反抗しますね。それならこちらも考えないわけにはいかないですね」
「いや…すみませんでした。着物買ってくれてありがとうございます」

そんなに近づいて一体何をしようと言うんだ。閻魔大王の机と私の背中がくっついて、鬼灯さんは壁ドンよろしく私を見下ろした。
ここからじゃ見えないけど、後ろ手に金棒を隠し持っていることも知っている。これは言い返してたら酷い目に遭うな…。やめておこう。
お礼を言っていれば鬼灯さんは離れてくれた。そして頭の上から声が降ってくる。

「まぁまぁ、二人とも素直じゃないんだから。そういうところがお似合い…」

わぁ…閻魔大王の顔面に金棒がめり込んで椅子ごと床に転がり落ちた。鬼灯さんも反応が早い。私の出る幕は無いようです。
それでも閻魔大王は「いてて」とへこたれずに起き上がった。もう慣れてるとしか思えない。
鬼灯さんはそのまま放置して行ってしまった。

「大丈夫ですか?」
「鬼灯君もさ、名前ちゃんのことからかってるけど自分だってそうだと思わない?」
「いや…あれはそういうのじゃないと思いますよ」

照れ隠しとか言ったけど、そもそもあの鬼が照れるわけがない。
いつも涼しい顔して思ってもないこと口にして。それで何度私が恥ずかしい目に遭っているか…。
椅子に座りなおした閻魔大王は鬼灯さんが出て行った法廷の先を見つめて楽しそうだった。
だからその自分の子供を見守るような優しい表情やめてほしい。それが私に向けられたらうっかり手が滑ってしまうのも仕方ない。クリップボードが手から放たれ眉間にジャストミートだ。

「手が滑りました」
「本当にこういうところがそっくり」

誰がそっくりだよ。あんな冷徹ドS変態鬼神と一緒にしないでほしい。
失礼な閻魔大王に残りの報告を済ませれば私も業務を開始した。

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