たまには停戦


ちょうど昼食時ということもあって店は賑わっていた。おすすめのランチセットを頼みながら料理が運ばれてくるのを待つ。
向かいに座っている鬼灯さんはいつもの通り無表情で、私は小さく息を吐きながら俯いた。
そうすれば鬼灯さんは罰の悪そうに口を開いた。

「楽しくないですか?」
「楽しいとか楽しくないとかじゃなくて…鬼灯さんまた私のことからかってるでしょう?」
「そんなことありませんよ。今日はゆっくり名前と過ごしたいので」

これがデフォルトか…。でも確かに今日は静かだしそういった意図がないのは本当なのかもしれない。
私が勝手に意識して玉砕してるだけなのかもしれない。だってそう考えてないと鬼灯さんの行動はあまりにも恋人みたいな感じで恥ずかしい。
いつもこれくらい優しかったら私ももう少し素直になれたかもしれないのに。鬼灯さんが悪いんだ。

「全部私が悪いですよ。ですから今日は少し素直になってください」
「…人の心を読まないで」
「おや失礼」

そうやって人の心を見透かして、私は鬼灯さんの考えてることは全然わからないのに。
口を尖らせれば鬼灯さんは笑った気がした。例によって表情は変わってないけど。そんなことしかわからなくてちょっと悔しい。
でもまぁ…今日くらいは停戦してあげてもいいかもしれない。
ようやく運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、午後からのデートを少しだけ楽しみにした。


***


素直に、と言われつつ結局素直になり切れなかったのは私の性格上仕方ないのかもしれない。
鬼灯さんはそれをわかってるし、私が努力したことだって知ってる。だけど急に恋人っぽいことしろって言われても無理なわけで、手を繋ぐのが精一杯だ。
午後からもお店を見て回ったり、映画を見たり、恋人の定番ルートを辿ったけどなんだか上の空で全然覚えていない。
恋愛初心者でもないのにこんなにオロオロとして、相手が上司だからだとか、いがみ合っていた相手だからとか、言い訳はたくさんあるのだけれど。

ようやく帰れると思うとなんだかほっとして、さすがにこれは悟られまいと心に隠した。鬼灯さんは楽しかったのかな。
鬼灯さんの顔を見ていれば不意に振り向いてぱちりと目が合った。

「どうしました?」
「いえ……今日は楽しかったです」
「やはり素直な名前は可愛いですね」

ふ、と目が細められて鬼灯さんは正面を向いた。その口元が少しだけ笑っている気がするけどここからじゃよく見えない。
馬鹿にされているような気もするし、普段のひねくれた態度が酷すぎだと言われている気もする。
いつもなら馬鹿にされてると反抗するけど、停戦中だから言い返せない。鬼灯さんはそれをわかってて言ってるのかもしれない。

「鬼灯さんはどうだったんですか」

口を尖らせつい語気が強くなった。鬼灯さんは再び私の方を向いた。

「私も楽しかったですよ」
「そう…ですか」

気の利いた言葉も見つからずそう返す。鬼灯さんもまた視線を戻した。
しばらく無言で閻魔殿を目指した。



帰ってきたと思うと急に安心して、早く自室に戻ってベッドで眠りたい。
鬼灯さんは買ったものを部屋まで運んでくれると言い、お言葉に甘えてお願いした。部屋は隣なんだけれども。
鍵を開けながら帰ってきた!と嬉しくなっていればあることに気がついた。
私の部屋…今どうなってるっけ。昨日は確か着物選びに朝は急いでいて……。
嫌な予感がしてドアを開けるのを渋っていると、鬼灯さんが首を傾げた。

「あの、やっぱりいいです。買ったもの受け取ります。ありがとうございました」
「…部屋に入られたら何か不都合なことがあるんですか?」

ぎくり、と思わず顔に出てしまい誤魔化せない。どうしよう、今部屋に入られたら非常に困る!
頑なにドアを死守していればますます怪しさは深まり、鬼灯さんは痺れを切らしてドアを開けた。
あぁもう、なんで片付けなかったんだ私…!!部屋の中は昨日着物を選んでいた状態のまま散らかっていた。

「これは衣替えで…!」
「まだ早いですよ」
「服の整理です!休みだったから!」
「デートの前日に?」

着物や帯、装飾品の類まで引っ張り出せるものを出したような光景に鬼灯さんはぐるりと部屋を見渡していた。
うぐ…と言葉に詰まれば言い訳はできそうにない。

「楽しみにしてくれてたんですね、デート」

もう返す言葉もない。あまりの恥ずかしさに顔から火が噴き出そうだ。
その中でも一つだけきれいに置いてある着物があって、鬼灯さんはそういうのに目ざとく気がつく。
私が今日着て行こうと思っていた着物だ。鬼灯さんはそれを手に取ると私の方へ差し出してきた。

「せっかくなので着ませんか?」
「着ないです」
「久々に違う着物姿の名前も見てみたかったんですが」

残念、とあった場所に戻される。いつもなら強引にでも着せてくるのに大人しい。
それよりもこんな光景を見られたことが恥ずかしすぎて、ショックすぎてどこかに隠れたい。
もう嫌だ…昨日に戻りたい…。

「布団に包まってどうしたんですか。それは誘ってるんですか?」
「そんなわけないでしょう!もう帰って下さい。これだから鬼灯さんと出かけるなんて嫌なんです!」

頭まですっぽり布団を被れば遮断した。
どうせこんなこと言ったって布団剥がされるんだ。そう思いながら丸くなっていれば、鬼灯さんは布団の上からぽん、と手を置いた。

「私は純粋に嬉しいと思っただけなんですが…嫌だと言ったのに勝手に部屋に入ってすみませんでした」

あれ、鬼灯さんが素直に謝ってる。布団を剥がすこともせずにその温かい手は離されて、足音が遠ざかっていく。
ガチャリとドアノブを回す音が聞こえて、やがてドアが閉まった。
またそうやって冗談を…。そろりと顔を出しても鬼灯さんは見当たらなかった。

「なんで今日はそんなに…」

優しくて物分かりがよくて嫌味も言わないのだろうか。冗談こそ言っていたが、それだって笑える程度のものだ。
いつもの強引さがなくて、本当に私がわがまま言ってるみたい。
急にそんな態度取られると落ち着かないというか、私が変な意地張ってるみたいというか。実際そうなのだけど。

ベッドに寝転びながら散らかった部屋を見渡す。昨日あんなに慌てて着物を引っ張り出したのに、結局は寝坊して着れなくて。
本当はいつもと違う格好で驚かせたかったのに。その驚いた表情をからかってあげようと思ってたのに。
はぁ、と息を吐いて起き上がる。きれいに畳んである着物を手に取ると鏡の前に立った。

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