たまには停戦


「寝坊した…!!」

バタバタと部屋を飛び出せば待ち合わせ場所に向かう。
デートの待ち合わせに寝坊して遅れるなんて、こんなベタなことあるんだね。鬼灯さんも部屋隣なんだから起こしてくれてもいいのに。
頭の中で文句を言いながら走れば、せっかくセットした頭もボサボサだ。まぁ、せっかくというほどセットしてる時間もなかったんだけどね。
服だって違うのを用意したのに結局いつもと同じだ。張り切ってるとか言われたら嫌だから別にいいけど。
昨日着物選びに悩んでいたのが今になって馬鹿らしく思う。ただのデートなのに。これじゃあ楽しみにしてたみたいじゃないか。

息を整えながら待ち合わせ場所に着けば鬼灯さんを探す。時計を見れば三十分遅れだ。メールはしたけど鬼灯さん見たかな。
なかなか見つからない姿に、帰っちゃったかもと思っていれば、後ろからつつかれた。

「遅いですよ」
「ごめんなさい」

ここで「私も遅れたので」とかいう人ではない。でも怒ってはいないようで安心だ。
さすがに金棒とか持ってきてないし、今日は平和に過ごせそう。私が遅れたことで既に先行きは不安だが。
苦笑していれば鬼灯さんは私の頭に手を伸ばし髪をさらりと梳いた。

「ボサボサですよ」
「走ってきたので」
「名前が遅れるなんて珍しいですね。昨日は楽しみで眠れなかったんですか?」
「ぐっすりでした!」

寝たのは遅かったけど…。間髪入れずに答えれば鬼灯さんは「そうですか…」と不思議そうにしている。
私だって遅れることはあるもん。しかし気になるのはそこではないみたい。

「私は昨日眠れなかったんですけどねぇ。遠足前の小学生の気持ちがわかりました」

そうやってさらりと恥ずかしいことを言う。なにが楽しみで眠れなかっただ。そんなこと思ってないくせに。
ふあ、と欠伸をして見せるのは本当なのかそうじゃないのか…。相変わらず読めない行動をしてくる。
鬼灯さんは時計を確認すると私の手を握った。

「行きましょう」
「あ、はい」

いつもならここでひとつ言い合いでも始めるのに、鬼灯さんは突っかからずに歩き出す。まぁ、突っかかってるのはどちらかというと私だけど…。
わいわいがやがやと賑わう喧騒の中に溶け込んでいく。プライベートでこうして歩くのは初めてかもしれない。
普段歩きなれた地獄もこうしてみれば新鮮で少し恥ずかしい。

「どこか行くところ決めてるんですか?」
「いえ。誘っておいてなんですけど、忙しくてそれどころじゃありませんでした」
「そうですよね」

無理やり休日をねじ込んだんだ。仕事量はいつもより多かった。でもわざわざその時間を作ってくれたことが嬉しい。
って、なんだろう。私はそういうことを考えるようなキャラじゃなかったはず…!
戸惑っていればいつの間にかぽっくり百貨店にやってきた。
デパートなんて久しぶりだ。ちょうどセールをやっているのか賑わっていた。

「欲しいものがあったら買ってあげますよ」
「なんかデートみたい……」
「デートですから」

鬼灯さんはそう言うと迷わず女性服のコーナーに入っていく。新作の着物やらそれに合う飾りまでたくさんあって目移りしてしまう。
けど別に私はこういうのはいいかな…。普段はこの動きやすい袴で十分だ。こういうのはもっと似合う人がいる。お香さんとか。
こんなの似合いそうだな…と手に取っていれば、鬼灯さんは隣で他のものを見定めている。
鬼灯さん楽しいのかな。恥ずかしがりもせずに入ってきたけど普通こういう女性ばかりのところに入るのは勇気がいるんじゃ。背の高い鬼灯さんは店の中で浮いている。

「それ、気に入ったんですか?」
「え、いや別に。鬼灯さんのあまりの不釣合いさについぼーっとしてました」
「酷いですね。他にもカップルはいるでしょう?」

カップル…そうだよね、私たちカップル…。なんだか急に恥ずかしくなってくる。
だってこの上司と急にデートだなんて言われても実感が湧かないというか、なんで鬼灯さんはいつもと変わらないんだよ!
まだ今日一回もからかわれてないし意地悪されてないし、調子狂うな本当に。
思わず商品の着物を握り締めていれば、鬼灯さんはそれを手に取った。

「これ、名前に似合いますよ」

私に宛がいながら鬼灯さんはうんうんと頷いた。そしてそのまま会計に持って行こうとする。
別にそれが気に入ったわけじゃ。むしろ私にそんなきれいなの似合わないというか。しかも値段も気にせず買う気だなんてさすが鬼灯さん。
待って、と止めたら意外にも鬼灯さんは普通に止まってくれた。

「いいですよ。着る機会も少ないですし」
「そうですか?」
「しかもそれセール対象外だし、ちょっとお値段張るし…」
「そんなこと気にしませんよ。買っても着てくれませんか?」

それなら買うのをやめます。そんなこと言われたら否定しづらくなる。買ってくれたらそりゃあ…。
なんで鬼灯さん今日はこんなに優しいの。やっぱり調子狂う。なんかムズムズする!

「遠慮しなくていいです」
「あ……」

黙っているうちに鬼灯さんは会計を始めた。
もうなんなんだよあれ。もしかしてこの状態が既に遊ばれている?戸惑っている私を見て楽しんでるとか…。この上司ならありそうで困る。
戻ってきた鬼灯さんはそんな私の視線に首を傾げていた。
とりあえず余計なこと考えるのはやめよう。デパートは本当に久しぶりだし、何か買うものあったっけ。
あ、そうだ。日用品が必要だ。

「あの、ちょっとあっち見てきてもいいですか?すぐに戻ってくるので」
「一緒に行きますよ」
「いや…ほら、下着とかなので…」

さすがの鬼灯さんでもあそこには入れないよね。少し鬼灯さんと離れて頭を冷やそう。
けれど鬼灯さんは一緒に行く気満々だ。普通入らないよね。どうして付いてくるのかな!

「鬼灯さん、目立ってます…」
「これはどうですか?」
「そんな布面積少ないの着ませんよ」

残念、と戻し他を吟味している。本当に目立ってるから。それに鬼灯さんがいたら選べないんだけど!
だからといって鬼灯さんを一人にするわけにはいかないし…何だろうねこれ。絶対わざとだよね。こんな買い物しづらいデートってあるんだね。
とりあえずここは適当に買って出よう。そうだな…これでいいかもう。目の前にある商品を手に取れば、鬼灯さんは「違います」ともうひとつの方を手に取った。

「名前のサイズはこっちでしょう?」
「あ、そうでした」
「ちゃんと確認しないと」
「ありがとうございま……」

早く買うことを考えててサイズを見てなかった。さすがそういうところにも気がつく…と感心している場合ではない。
なぜ鬼灯さんは私のジャストサイズを知っているのだろうか。固まっていれば鬼灯さんはなんだか得意げだ。

「触ってるんですからわかりますよこれくらい」
「とりあえず黙れ」

近くにいた店員がぎょっとしたような表情でこっちを見ている。
この上司は何を堂々と言ってるんだよ。ふざけんなよ!
恥ずかしくなってすぐに会計を済ませると店を出る。デートでもろくなことがない。疲れるよもう…。
そんな私を察したのか鬼灯さんは「休憩しましょう」とお店に入った。

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