そもそもの始まり


同僚に「すごいね」やら「羨ましい」やらと声をかけられてその部署をあとにした。
向かうは閻魔庁。仕事量とかすごいんだろうな…と考えただけで憂鬱だけど、給料アップなのだから致し方ない。
別にお金が欲しいわけじゃないけど、やる気の元にはなるよね。

そして鬼灯様は獄卒にとって目標なわけで、その人の下で働けるなんて素晴らしいことだ。
私を採用した時点でちょっとおかしいなって思うけど、まぁ、変わった人なんだろうなぁ…。
でもやっぱり鬼灯様の下で働けるのは嬉しい。

「よろしくお願いします!」

閻魔様と鬼灯様に挨拶をしたのはついさっきだ。
業務内容は前とほとんど変わらず、変わったといえば作業量と拷問することがなくなったこと。
これから残業も増えて寝不足とかになるんだろうなぁ。嫌だな…。
そんなことを思いながらスキップで廊下を歩く。今月の給料で何を買おうかな。

「服を買うのもいいけど、おいしいもの食べるのもいいな……っ!?」

そのとき、体がガクッと何かに引っかかってバランスを崩した。
いきなりのことに対応できずに顔面から床にダイブする。一体何が起こったのかわからない。
とりあえず顔面が痛い。原因を突き止めようと顔を上げれば、そこには私の上司が無表情で私を見ていました。
どういうことだろう。

「な、何するんですか!?」
「あぁ、すみません。特に理由はないです。あなたがどんな反応するかと思って」
「は…?」

特に理由もなく人に足をかけた?
ちょっと何を言っているのかわからない。私鬼灯様になにかしたっけ。怒らせるようなことしたっけ。

「しかし盛大に転けましたね。ほら、大丈夫ですか?」

鬼灯様はそう言いながら手を差し出してくる。
大丈夫なわけないだろ、普通に考えて。この状況がわからないのかな。わざとなのかな。
ちょっとだけイライラする…。
その手に掴まるのがなんだか嫌で「自分で立てます」と鬼灯様の手を払った。

「おや、よかった。泣いてしまったらつまらな…困りますからね」
「今つまらないって言いましたよね?」
「言ってませんよ。思いましたが」

なんなの?やっぱり私何かしたの?まさか私鬼灯様にいじめられてる?
つまらないって言ったよ。泣いてやればよかった!

「人としておかしいと思いません?なんでいきなり足を掛けてくるんですか!」
「人ではなく鬼ですから」
「チッ…なんだこいつ…」

鬼灯様のイメージが崩れ始めました。
仕事のできるかっこいい上司!とか思ってたのに、人をいじめて楽しむドS上司に見えてきました。
元々それっぽいなとは思ってたけどさ。だけどまさかほぼ初対面の人にこんなことしてくるとは思わないよね。絶対おかしいよね!
じっと見下ろしてくるから対抗して睨んでいれば、鬼灯様は楽しそうに目を細めた。

「しかしいい反応ですね。反抗的で素晴らしい」
「誰でもこんな反応しますよ!」
「上司に向かって舌打ちなんて誰でもすると思いますか?」
「はっ…その、すみませ……謝るのは鬼灯様の方ですよね?」
「いいですね」

何がだよ!なんなんだ一体。でもこれ以上鬼灯様に食って掛かるのは怖い。
どうすればいいんだろう。でも抗議しなきゃ済まないよ。
何がですか、と聞けば鬼灯様は「そういうところです」と私の反抗的な態度が気に入ったらしい。意味がわからない。

「とても調教しがいがある」
「調教…!?」

変な言葉が聞こえた気がする。上司が部下に言う台詞じゃない。

そうだ、きっと鬼灯様なりのジョークなんだ。ほら、配属されたばかりで緊張してるだろうからと。
それを解すためのジョークだ。ちょっとそのやり方がおかしいけど、地獄だしこんなものだ。鬼灯様は厳しい人って聞いたし…。
だから理不尽なこの仕打ちも許され……ないよね。

どういうことだろう。鬼灯様ってぶっ飛んでるって聞いてたけどここまでなのかな。
もしかしてとんでもないところに就職してしまったのかな。
いや、まだわからない。調教とか言ってるけどそれも歓迎のコミュニケーションで、きっと今回だけだ。
鬼灯様も無表情だから本気で言ってるのか冗談なのかわからない。

モヤモヤした気持ちをとりあえず鎮める。こういうときは深呼吸…。
言い返していたらキリがない。もしかしたら何かの試験なのかもしれないし落ち着こう。
立ち上がれば鬼灯様と向き合った。
鬼灯様はその間ずっと私を見つめていた。というか睨んでいた。威嚇してるわけじゃないよね、それデフォルトだよね。
なんて恐ろしいんでしょう。鬼灯様に見つめられたといえば聞こえはいいが、睨まれたとじゃ意味合いは変わってくる。

「仕事しましょう!」
「そうですね」

気がつけばせっかくの休憩時間が終わっている。こんなことしている場合じゃない。
勤務早々酷い目に遭ったが、鬼灯様の謎の行動はとりあえず気にしないことにした。


それから鬼灯様のちょっかい…というか嫌がらせは徐々に増えていった。
最初は大量の書類を押し付けてきたり、すっぽ抜けたとか言って金棒が飛んできたり、まだ許容範囲内(それでもかなりイラつくが)だったのが次第にエスカレートしていった。
デスクばかりの仕事に飽きの来ないための工夫だとか言い聞かせてたけど、なかなか人のイラつく嫌がらせをチョイスしてくる。
これきっとパワハラだよね。私じゃなかったらいじめを理由に辞めているところだ。
そろそろ私もやり返そうと思っている折、正直に疑問をぶつけてみた。
一回くらい文句を言ってやらねば。

「地味な嫌がらせは何なんですか?私が辞めると言ったらどうするんですか?」

ここでやめたらあの書類選考や面接が無駄になることになる。それに仕事もまた増えて大変になる。
私が辞めると言い出せば、鬼灯様は止めるのだろうか。
鬼灯様は「そうですねぇ…」と考えるように首を傾げた。

「私の見る目がなかったというだけです。名前さんには期待していましたけど、それも間違っていたということです」

嫌がらせについては全く否定しなくて、自覚はあるのか…と呆れるばかり。
そしてこうやって文句を言うことが既に期待外れと言われているようでなんだか腹が立つ。
鬼灯様は私のことを試しているのかもしれない。
そうならばここで逃げ出すのはかっこ悪い。だって、鬼灯様の期待を裏切るのは負けた気分だ。
でも私にだってプライドはある。相手は鬼灯様だけどやられっぱなしは性に合わない。

「鬼灯様がその気なら私も対抗します」
「おや、それは楽しみですね」

今まで書類に目を落としていた鬼灯様が私のことをじっと見つめる。
私はその視線に対抗するように睨んでやった。

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