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2

今日は、髪を染めて貰う日。
髪型も、少し変えようって言われてるからちょっとドキドキしている。
もっとも、髪を染める日は毎回ドキドキしちゃうんだけど…

だって、あの台詞を言わなきゃならないから、恥ずかしくて何回たってもちっとも慣れない。


 僕だけの色『ハニー』


桜庭さんに染めて貰って、彼だけの色になれるなんてなんて幸せな事だろう。

恥ずかしけど、幸せな幸せなひととき。


「いらっしゃい、啓太君。」

「こ、こんにちは。桜庭さん」


やっぱり恥ずかしくて、緊張しちゃう。
そんな僕をいつものように手をひいて席まで連れて行ってくれる

いつもの台詞を言うために深呼吸しようとした僕に、

「あのね。啓太君、今日はこの髪型を試したいなって思ってるんだけど、どうかな?」


そう言って、ノートパソコンの画面を見せてきた。

「今までより、ちょっとシャープな感じだから雰囲気も変わるけど、きっと似合うと思うんだ。」

モニターに映る髪型は大人っぽい雰囲気で、確かに今までしたことのない感じだった。
僕に似合うかちょっと心配だったけど、桜庭さんが選んでくれた髪型だからきっと大丈夫。
そう思いながら頷く


「それでね。この髪型だともう少し、トーンを抑えた色の方が合うから少し色を変えてみない?」


え…?


一瞬、何を言われたかわからなかった。


色を…変える…?


「さ…くらばさん…、違う色って…『ハニー』は…?」


「うん、ほら啓太君ずっと『ハニー』だったでしょ?だから、少し違う色を試してみるのもたまにはいいんじゃないかなって思ったんだ。」


今度のも、啓太君に合うように僕が調合したんだよ。
そう、桜庭さんは話を続けていたけれど、僕の耳には何も届かない…。


桜庭さんが『ハニー』で
染めてくれない…。
もう僕は桜庭さんの色に染まる必要がないってこと…?


「…帰ります。」

「え?啓太君?」


僕はレクサスを飛び出していた。


―――――


さっきから涙が止まらない桜庭さんが『ハニー』じゃない色で僕を染めたいって言った。

それは、僕がもう桜庭さんのハニーじゃない…恋人じゃないって意味なんだ。

そうだ、わかっていた事だ桜庭さんと僕が不釣り合いだってことは。
少しの間でも、夢が叶ったそれだけでも信じられないような奇跡みたいなことだったんだ。


押しつぶされそうな悲しみのなかで、でもせめて髪が伸びてしまうまでは、この色を…、『ハニー』を大事にしようと思った。
僕の何よりも大切な宝物
桜庭さんがくれた僕だけのの色だから…


―――――


逃げるように、レクサスから帰った後も桜庭さんから連絡が来る事はなかった。

ああ、本当に振られちゃったんだ…。

でも、潰れそうな胸の痛みと空虚な悲しさのなかどこかで夢から醒めたんだ…と、思う自分もいた。


シンデレラの夢の時間は12時の鐘が鳴るまで。
夢の時間が終わったんだ…。お話のようなエンドロールは迎えられなかったけれど、勿体ないくらいの幸せを桜庭さんから貰った。

僕には贅沢なくらいの、夢…。


―――――


学校が終わって、ぼんやりとしながら歩いていたら、いつの間にか駅に着いていた。
周りの喧騒も僕の耳には何も入ってこない。一人だけ隔絶された世界にいるみたいだった。

だからそれに気付いたのは、僕の前に影が差してからだった。ぼんやりしたまま顔を上げるとそこには桜庭さんが立っていた。

息が止まる。怖い、ちゃんと桜庭さんの口から別れを聞くのが。
僕は無意識に逃げようと踵を返す。でも、桜庭さんの手が僕の腕をしっかりと掴んだ。


「待って!啓太君!お願い話を聞いて!」

聞きたくない!これ以上の辛い思いは嫌だ。
そう思うのに、桜庭さんが会いに来てくれた…。その事を喜ぶ自分が確かにいる馬鹿だ、僕は。


桜庭さんに腕を捕まれたまま、駅のパーキングに停めてあった桜庭さんの車まで連れて来られた。この車で海の近くの水族館に連れて行って貰った事を思い出し、楽しかった記憶にまた胸が締め付けられてとうとう涙が溢れ出した。


「啓太君?!」

涙が止まらない。桜庭さんの負担になりたくなんかないのに…、今までのお礼をちゃんと言って、僕との事をいい思い出にして欲しいのに、心の準備が出来ないまま会ってしまって空回りする気持ちが涙になって溢れてくる。
ああ、きっと桜庭さんを困らせている…。

「ごめ…ん…なさ…い。」

「どうして啓太君が謝るの?謝るののは僕の方でしょう?」

ああ、やっぱり桜庭さんに気を遣わせてしまった。

「だって…」

「ごめんね。泣かないで」

桜庭さんが優しく僕の涙を拭ってくれる。

「この間は、本当にごめん。突然、あんな風に言ったら啓太君を傷付ける事になるって思い至らないくらい焦っちゃってたんだ…。」

え…?…焦る?

何がだろう…あれは遠回しの別れの言葉だったんだよね……。


――――――


車を走らせ、桜庭さんは自宅マンションの部屋へと僕を連れて来た。

リビングの3人掛けのソファーに少し距離を置いて並んで座る。
桜庭さんは、うなだれたように頭を下げて僕の顔を見てはくれない。

そんな桜庭さんの態度に不安になっていると、桜庭さんが下を向いたまま口を開いた。


「僕はね。どうも、独占欲が凄く強いみたいで好きな子はすべてを自分のものにしないと不安になるんだ…。」

そう話す桜庭さんは何処か苦しそうで

「髪の色だけじゃなく、すべてを僕の色に染め上げてしまって、僕なしじゃいられないようにして……

何処かに閉じ込めてしまいたい思いに駆られることさえあるんだ。

いくら恋人でも、そんな風に啓太君を縛る権利がないのはわかっている。
でも、時折不安になるんだ。
啓太君はこれから、たくさんの人と会って色々な事を学んで大人になって、世界が広がっていくでしょう?そのときき、僕は必要でいられるのかなって…。」


僕は、正直凄く驚いていた。まさか桜庭さんがこんな風に思っていたなんて…!


「僕だけのものにしたいと思って染めた髪が、他の誰かの目を引き付けたって知って、凄く焦った。恥ずかしいけど、橘君に嫉妬したんだよ。
彼とは、あれから仲良くなったって聞いて益々焦っちゃって…。あんな馬鹿なことを啓太君に言っちゃった。
情けないよね、そんな僕の弱さが大事な子を傷付けるなんて啓太君に嫌われちゃっても仕様がない…。」

思わず、僕は叫んでいた。

「きっ、嫌いに、なんて…なるわけないっ!ぼく…、僕の方が桜庭さんに…きっ嫌われちゃったって、おもっ…、て。…こっ恋人じゃなくなったからもう僕をハニーで染めたくなくなったんだっ…て。」

ああ、だめだ。ちゃんと伝えなきゃって思うのに涙が溢れてきて言葉が出てこない…

桜庭さんが頭を上げた気配がしたと思ったら、強く抱きしめられた

「本当にごめん!啓太君の気持ちを考えなくてごめんなさい。あの後、お店の子達からも凄く怒られた。誤解させたんじゃないかって。
ハニーは、二人にとって特別な色なのに啓太君を独占することばかり考えて、僕が染めるから他の色でも変わらないなんて、啓太君の気持ちも考えずに軽はずみなことを言ってしまって…」

結局、啓太君を悲しませちゃった……
本当に辛そうに桜庭さんは言う。


「でも、いきなりあんな事を言って嫌われちゃったんじゃないかと思ったら怖くて、追いかけられなくなって…。
それで、啓太君を悲しませてしまうなんて僕は恋人失格だな…。」

抱きしめている桜庭さんの腕が震えているのが伝わる桜庭さんの苦しさが伝わってくる。

桜庭さんは、大人で格好良くて美容師としても一流で凄くもてていつも余裕があって、何でも出来る男の人だって思ってた。

なのに、僕と同じように不安になったり嫉妬したり嫌らわれることを恐がったりするなんて…。


僕は桜庭さんの背中に回した手に力を込める。

「…大好きです。桜庭さんの格好良い所も、弱い所も何もかも、ぜんぶ、全部が好き…!」

桜庭さんに力一杯抱き付いて、心に閉まっていた全ての気持ちを伝えた。

あの時、逃げ出してしまったのは自分の自信のなさだ。僕が弱かったから。

違う色は嫌だってちゃんと言っていれば、誤解をせずにすんだはず


僕達は二人とも、怖がって確かめ合う努力をしないでいた。
そうしてお互いに傷付いた…。


―――――


あれから、二人でたくさん話をした。
不安だったり心配になったり自信を持てなかったり、これからも些細な事で擦れ違ったり喧嘩しちゃったりするのかも知れないけれど今度は一人でじゃなく二人できちんと向き合って話し合う事を約束した。



「啓太君に渡したいものがあるんだ」

そう言って、寝室から持って来た小さな包みを僕に渡してくれる。
包みを開けると中には、綺麗な瓶が入っていた。

「香水…?」

「そう、パートナーフレグランスって言って、二人が違う香りを着けて、一つの薫りになる香水なんだ」

桜庭さんの手にも同じデザインの香水の瓶。
でも、中身は違うものらしい。

「啓太君の香りと僕の香りそれぞれの香りが一つの薫りになるんだ。啓太君と僕だけの、二人だから薫る香り…。


僕だけが、独占するんじゃなくて啓太君にも僕を独占して欲しい」

僕を見つめて、優しく微笑みながらそう言ってくれた。


――――――


「そう言えば、昨日橘さんと本屋さんで偶然会ったんですよ。」

今日は、2週間振りのデートで買い物をしたあとで、カフェに入ってお茶をしている。

「ホントに偶然なの?なんか彼は危ない気がするなぁ…。」

そんな事を言う桜庭さんに笑ってしまう。どう見ても、橘さんの興味は美容師の大先輩の桜庭さんにあるのに。


それから、あまり僕にプレゼントしまくるのを止めてくれる様に桜庭さんにお願いをした。
贈り物は嬉しいけれど、やっぱり貰ってばかりじゃ駄目だと思うから…。


独占欲とは別に、啓太君を甘やかしたいんだって桜庭さんはなかなか譲ってくれない。困ったなぁ…

すると桜庭さんが、イタズラっぽく微笑んで「だったら、お返しは啓太君からのキスでいいよ」と僕の耳元で囁く。


ふわり、と桜庭さんの香りが優しく薫り、僕の香りと交じりあい一つになった………。


   ――end――



にゃご様、ありがとうございますー!わざわざ前書きを書き直してくださってのご送付、お手数をおかけしてしまって申し訳ございませんでした。そして、お話のタイトルの明記がございませんでしたのでこのお話を読んで勝手にタイトルを付けさせていただきました。重ね重ね申し訳ございません。
切甘…!大好物の切甘でございます…!なんと素晴らしい遠回しなヤキモチであることでしょう、桜庭さん!もう、終始きゅんきゅんとしっぱなしでございました!(#^.^#)
ごちそうさまです(笑)
企画のご参加、ありがとうございました!これからもはるうららをどうぞよろしくお願いいたします!

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