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2

「っ、わ、ぁっ!!」
「っ、ってぇ。あ?一体何」

 
 ――――違和感。中庭で眠っていた草薙人見が目を覚ませてから感じたものはそれだ。
 違和感を訴えるソコを触ろうと手を動かすと、その手が触れたものは腹ではなく、人の背中だったことに若干眉を寄せる。

「あ、の」
「……ん?」
「え、あ、あ、あのっ!!」
「ん、は?」
「えと、あの、ごめんなさいっ!!」


 急にふっと軽くなった腹に対して驚くことも無く、寝起き独特の鈍い動作で草薙が上半身だけ起こすとまさに女の子のような愛らしい男が今にも泣きだしそうな顔でこちらを窺っている様子に目を細めたのは束の間。
 直ぐに草薙が顔をしかめると、それを怒ったとでも感じたのか少年がびくりと体を震わせた。


「どういうことですか?」
「え?どういう、ことって?」
「そのままで意味です。何故か腹が痛いのですが、もしやあなたが踏んだのですか?」
「ううん。えと、踏んでないよ?ただ、躓いて転んでお腹の上に落っこちちゃったの」


 草薙が丁寧に言ったのが功を奏したのか、怯えていったのを一転させて申し訳なさそうに少年が必死に言葉ぐ様子を寝起きのせいで焦点の合っていない瞳で草薙は見る。

 ――――成程、あいつがあんなことをいう訳だな。草薙は心の中で呆れたようにそう思った。


「……梨音。大丈夫か?」
「あ、うんっ。僕は平気だよ。でも、おにーさんにぶつかっちゃって……」
「……おにーさん?」


 鋭い眼差しが草薙を捉えたのを感じ取り、草薙はやや面倒臭そうに男へと視線を向けた。

 そこにいたのは双子だというのにまるで似ていない男らしい美貌を持つ背の高い男前。所謂平凡な顔立ちをしている草薙からすれば、氷見と同様に爆ぜろと内心で唱えたくなるような整った顔立ちをした男だった。

 ちなみにもう一人の片割れはどちらかというと女の子のような美少年系の顔立ちなので、草薙としては今は少し同情するばかりなのだけれど。


「安心してください、騎士様。お姫様には傷一つついてないみたいですから」
「え?えと、お姫様って、僕の事?」
「はい。そうですがそれが」
「……梨音、とりあえず立て」
「あ、うん。そうだよね。しーちゃんの言う通りだね。お兄ちゃんなのにごめんね」


 木村梨音がそう言って笑う。それはまさしく愛らしいという表現がぴったりとあてはまるものだろう。男が持つ庇護欲をそそるようなそれは、小さい身体と相まってまさに女の子、或いは小動物のようでこれで落ちない男はいないんじゃないかと思うような笑顔だった。

 ただ、草薙はいつもいつも美しい笑みを見ているためかそれに頬を染めることも無い。というよりも、前者の理由である美しい云々は実はほとんど関係しない。
 何故なら理由は簡単だった。いくら可愛かろうと彼にとっては所詮男の笑顔なのだ。ましてや好きでもない人間の笑みに草薙が顔を赤くすることはない。


「……すまない。兄が迷惑をかけた」
「いえいえ、こんなところで寝てた俺も悪いですし。ところで今は何の時間ですか?」
「あのね、今は昼休みなんだよ。今日は久しぶりにしーちゃんと二人で食べるの!」
「うわっ、昼休み」


 少しだけ顔を青ざめさせた草薙は一瞬立ち上がりかけたところですぐに面倒臭いというしごく非情極まりない結論に至った。
 つまりは、約束の時間に遅れてしまった今、ぬけぬけと会いに行った後目に遭うかということを考えた末に面倒臭いという結論が出たのだがそれは単にさらにことをややこしくさせた挙句に問題を先送りにしただけなのだが。

 だだ、それを考え付く程のまともな思考が寝ぼけたままの草薙の頭にはなかったというだけの話だが。


「梨音、お礼は済んだならもう」
「あ、うん。そうなんだけど……。あのね、お兄さん。お名前は?何ていうの?」
「名前?」
「うん、そう。お名前だよ」


 ニコニコと無邪気に笑う梨音に草薙は頬を引きつらせた。しかし無情にも草薙が引きつらせたのはこいつらにはかかわるなと氷見に忠告されたから名前を教えたくない。という可愛らしくいじらしい理由からでは決してない。

 もう少し物理的で、もっと言ってしまえば目の前に映る双子以外のもう一人の人物によるものだった。


「あれぇ?紫音ちゃんに梨音ちゃんじゃーん。こんなところで何してるのかなぁ」
「……秋田、晴海」
「ん?あれぇ?えーっとぉ、確か草薙人見だったけー?」
「……知ってたんですか」
「だって変わった名前じゃん?人見、だなんてさー。特に漢字が、何だけどね」


 内心舌打ちしたい己を堪え、一般的に見て世に言うイケメン様である顔をしている秋田を見やる。草薙が秋田を見るそこに怯えや恐怖が一切ないことに気付いているのかは定かではないが。

 ――――面倒臭い。胸中を占める最もこの場での草薙の心を表す言葉はそれだった。


「あの、もしかして先輩、ですか?」
「あー、はい。そうです。お姫様には敬語で話していたから誤解させてしまったみたいですいません」
「そうそう、そうだってぇー、なんで敬語なの〜?」
「有名人なんかとため口で話したらまずいですから。それに誰かと必要以上に接触なんてしたら面倒臭い人が知り合いにいるんです」
「ふーん?」


 にやにやと笑っている秋田から視線を外し、草薙は内心でうごめくイライラを理性で抑え付けた。

 ――――イケメンなんて全員滅んでしまえばいいのに。純粋なる嫉妬であるその言葉は、草薙のイライラの原因が秋田の言葉でも、この状況から起こるものではなく、ただ素直に秋田の整った容貌から来る嫉妬であるという悲しい真実を如実に表していた。


「えっと、くさなぎせんぱい?」
「は?っと、えっと、何ですか?」
「あのね、お礼がしたいんです。転んでぶつかっちゃったから。イタイイタイなんだよね?だから、一緒にご飯食べたいの」
「えーっと……」


 はにかんで笑う梨音を見る草薙へと先程から突き刺さる怖ろしく鋭い視線を向ける主は無言のままだ。つまりは賛成ということなのだろうが、遠慮したいと草薙は正直なところ考えていた。

 約束した氷見に悪いからではなく、持ってきた弁当が教室内にあるからという至極簡単な理由で。それは悪い意味である意味とても草薙らしかった。


「だめ、ですか?」
「……弁当持ってませんけど」
「大丈夫ですよ。いっぱいいっぱい中に入ってますから」
「持ってきてるんですけど」
「あ、それは」


 しょぼくれた様に頭垂れる梨音に対して対してそれほど悪いと思えない草薙は男として酷いだろうが、その判断は正しい。
 もしこの双子と一緒に飯を食べようものならばどうなるかは言うまでもないことだ。そんな羨ましいことをしたい人間がこの学校には腐るほどいるのだから。


「梨音。相手にも事情があるんだ。……落ち込むな」
「そーそー、紫音ちゃんの言う通りだって〜。梨音ちゃん、落ち込まないで〜?」
「う、うん。そうだよね。でも、おけがさせちゃったの。イタイイタイなの」
「特にすごいけが何てしてないから大丈夫です。だから安心してください」


 微かに笑みを浮かべて草薙が言うと、安心したように梨音が満面の笑みを浮かべた。それはとても愛らしく、男子高校生とは思えないその姿や小さい身長には同じ男として同情するものがある。

 ――――馬鹿馬鹿しい考えだな。草薙は心の中でそれを吐き捨てた。


「それじゃあ、もう行きますから」
「あ、ねぇ、草薙クン?ちょーっと待ってくれるぅ?」
「……何ですか?」
「ちょーっとこっちおいで〜?」


 軽い調子で言う秋田に面倒だと思いながらもそれを表には出さずに近づく。
 相手が不良だというのに草薙が嫌に図太いのは騒がしい幼馴染のせいであるのだが、それについては今は関係ないだろう。

「っ、って、な」
「あはは、大人しくしてないと力こめるぞ」


冷静な瞳で冷たく微笑んだ秋田に抵抗しようとした体を自らの意志で草薙は止めた。それでも草薙が怯えたような様子ひとつ見せないのは流石というべきか、アホだと思うべきか。


「悪いんだけど、人のに勝手に触らないでくれるかな。秋田晴海君」


 アホなこと言ってないでさっさと助けやがれこのクソ野郎が。と、割と本気で草薙は思っている。



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