12
次の日、僕はまたひどく重たい気持ちのまま学校に向かった。
柴島とは同じクラスだからこれから嫌でも顔を合わせなきゃならない。
『千代田が好きなんだ』
告白してくれた時の、柴島の顔を思い出す。
と同時に、僕をあざ笑った小学校の頃の柴島が顔を出す。
僕はその二つの柴島の言葉に板挟みになって、勝手に1人で胸を痛める。
…早く、忘れてしまいたい。
教室につくと、柴島がいるんじゃないかと入り口で思わず立ちすくむ。ちょっとのぞくと、そこに柴島の姿はなくてまだ来ていないようだった。
それにほっとして中に入ろうとしたその時。廊下の端がやけに騒がしくなった。
『きゃー!』
とか、
『やだー!』
とか、女の子の黄色い悲鳴とは呼べない悲痛な叫びが聞こえて、さらに男の子たちの驚きの声や笑い声なんかも聞こえる。
一体なんの騒ぎだろうかとそちらに目を向けた瞬間、僕は目を見開いて固まってしまった。
坊主頭に、スカートをはいて、肩からは『猛反省中』と書いたたすきがかけられている。
その人物は、まっすぐこちらに向かって歩いてきた。
「…千代田、おはよう」
「くに…、じま…」
僕の目の前でぴたりと止まり、にこりと微笑むその不気味な格好の人物は、柴島その人だった。
「…なに…、なん、」
「どうかな?俺。千代田、どう思う?」
どう思うなんて聞かれても、なんて答えたらいいのかわからない。はっきり言って不気味以外のなにものでもない。
柴島がなんでそんな格好をしているのか、なんでそんなことを聞くのか。まったくわからなくて、僕はきょろきょろと視線をさまよわせた。
そんな僕たちの所に、いつも柴島を囲む女の子たちがやってくる。
「ちょ、信じらんない!まじで柴島なの!?」
「えー、なんで!?なんでそんなキモイカッコしてるの!?やめなよ、似合わないよ!」
女の子たちが口々に柴島に声を掛ける。柴島はそれでも僕から目線を逸らさない。
「…なあ、千代田。俺、気持ち悪い?」
周りはどんどん騒がしくなるし、柴島は答えるまで離してくれなさそうで、僕は小さく頷いてしまった。
「…そっか。」
僕が頷くと、柴島はとても辛そうに目をつぶり笑った。それから、目を開けると僕の手をがしりと掴んで廊下にいる皆の方に向かい叫んだ。
「俺は、千代田が好きだ!!大好きだ!!友達としてなんかじゃない!恋愛感情で好きなんだ―――――――!!」
突然の大声でのカミングアウトに、一瞬の静寂が訪れる。そして。
「「「「「…えええええええええええ!!!!」」」」」
周りの人間が、一斉に大合唱した。
「柴島、まって、柴島っ…」
あの後すぐに、柴島は僕の手を掴んだまま廊下を抜けて誰もいない空き教室まで連れてきた。急ぎ足で歩かれて、コンパスに違いから僕は柴島について行くのがやっとだった。
空き教室に入れられ、ようやく腕を離されて柴島をじっと見る。柴島は相も変わらず眉を下げたまま僕を見ていた。
「…ごめん」
しばらく続いた沈黙を破ったのは柴島だった。深々と、90度にまで腰を曲げて頭を下げて謝罪をする。
「…千代田に言われるまで、俺、自分がそんなにひどい事したって意識なかった。俺が昔騙した相手だったって知っても、謝れば許してもらえる、くらいの思いしかなかった。でも、違うんだよな。言われた方、やられた方にとってはそんな簡単な問題じゃない。人一人の人生を狂わせるくらい、大変なことだったんだよな。」
柴島の言葉に、僕は自分の胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「…俺、何とか千代田と同じ思いをしてみたくて…。さっき、わざとしつこく聞いたんだ。
…千代田に気持ち悪いって頷かれた時、すごく胸が痛かった。でもきっと、千代田はこの何十倍、いや、何百倍も痛かったんだろうな。
―――――――好きな子に、そう言われるのがどれほど苦しいものなのかってよくわかった。」
まっすぐに僕を見る柴島。僕は、その目を見つめ返しながら泣きそうになるのを必死にこらえた。
たった、それだけのために。
僕が好きだから、僕に、気持ち悪いと言ってもらうがためだけに?
「…千代田。あの時は、ごめん。傷つけてごめんな。川島に言われるまで、気付かなくてごめん。…告白しといて、ほかの子に軽い口でへらへらしてごめん。
もう、二度と嘘なんかつかない。簡単に適当な言葉なんか使わないから。
許してほしいとは言わない。そのかわり、俺がつけた傷は俺が本当のことで上から塗りつぶしたい。君が好きです。どうか俺と、付き合ってください。」
頭を下げ、僕に向かって片手を差し出す。僕は柴島の再びの告白に、我慢していたものがぽんと弾けたように感じて気がつけば柴島にぎゅっと抱きついていた。
「千代、」
「…っ、ごぇ、、な、さ…っ、ひっく…っ、くに、じ…っ、、ご、め…」
ごめんなさい。ごめんなさい。君に、そんな格好までさせてしまって。ひどい言葉を投げつけて。気持ち悪いなんて言って、ごめんなさい。
「…謝らないで。千代田は何も悪くない。俺が、自分でまいた種だから。ごめん。ほんとにごめんな、千代田。」
しがみつく僕を優しく抱きしめながら、柴島は何度も何度も僕に謝った。
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