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「千代田!」
声をかけたけど、振り向いてなんてくれなくて。追いかけようと今度は女の子たちが腕にからみついてきた。
「いいじゃん、千代田もわかってくれたんだって〜。」
「柴島だって、ほんとはあたしらと遊びたかったんでしょ?いつも断るとき残念そうに言うじゃん」
昨日千代田が言っていたのはこの事だったのか。もしかして、とは思ったんだけどやっぱりそうだった。
「…っ離せ!」
「きゃっ!」
かっとなって焦って、絡みつく女の子を思い切り振り払う。その拍子に女の子が尻餅をついたんだけど構ってられない。振り払われた女の子は、信じられないと言うようなとても傷ついた顔をした。それでも俺の心は全然痛まない。
「千代田は、千代田は俺の一番大事な奴なんだ!」
大声で叫ぶと同時に教室を飛び出す。千代田は真面目だから、学校から出たりはしないはずだ。俺は必死になって千代田を探し回った。
思いつく限りの場所を探して駆けずり回り、ようやく千代田を見つけたのは人のこない校舎裏の非常階段だった。
階段にしゃがみ込み、ひざに顔を埋めている。
ざり、と一歩踏み出すと、砂利の音に気付いた千代田が顔を上げ、俺を見て驚いた顔をした後すぐに泣きそうになった。
「千代田…」
「…こないで」
一歩近付くと、拒絶の言葉を吐かれ足が止まる。でも、止まってる場合じゃないんだ。早く、早く謝らないと。それから、女の子たちに言ってた言葉の誤解も解かなくちゃ。
止まりかけた足に力を入れて、一歩踏み出す。俺が止まらないことがわかると千代田は階段から立ち上がり逃げ出そうとした。ちょうど行き止まりだったので、こちらに向かってくるしかない千代田は俺の横を素早く抜けようとした。その瞬間に、千代田の腕を素早くつかむ。
「…離して」
「いやだ。離さない。ちゃんと、ちゃんと話したい。」
聞きたくない、とでも言うように嫌々と首を振る。
「な、千代田。聞いて。あの時はほんとにごめん。俺、ばかだったから、そんなにひどいことしてるつもりなんて全然なかったんだ。ちょっとからかうだけのつもりだった。川島たちだって、いつもからかってるって、それでもそいつは次の日には平気そうだって言ってて。…ガキだったから、そんなにお前が傷ついたなんて」
「聞きたくない」
俺のガキの頃のいいわけを話し出すと、千代田はくしゃりと顔をゆがめた。そんな顔、させたいわけじゃないんだ。ちゃんと謝りたいだけなんだ。
「千代田…、お願い。女の子たちに言ってた言葉も、本気なんかじゃないよ。ただ…」
「やめてよ!もう聞きたくないんだってばっ!」
歪めた顔を俺に向け、千代田は大声をあげた。そのあまりに切羽詰まった様子に俺は言葉を止めてしまった。
「君たちいじめっ子はいつもそうだ!『楽しいから』、『ちょっとからかうだけのつもりだった』、その君たちの軽い気持ちで、どれだけ僕がイヤな思いをしたかだなんて少しも考えたことなんてないんでしょう…?
君たちにとっては、大したことじゃないのかもしれない。でも、僕にとってはそうじゃない…!
いつだって!
何をしたって!
君に言われた言葉を思い出す!僕は誰にも好きになんてなってもらっちゃいけないんだって!うぬぼれちゃいけないんだって!
―――――初めて好きになった子に、『気持ち悪い』って笑われた僕の気持ちなんて、君には一生わからない!」
千代田は、ぼろぼろと涙をこぼしながら叫んだ。それは、本当に見ているこっちが辛くなるほどの叫び。
「…も、話しかけないで…」
掴んでいた手は、するりとあっけなく離れて、俺は横を抜けて去っていく千代田の背中を見送るしかできなかった。
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