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「会長…起き上がれますか?」
「…」

ベッドの上で布団に潜り込み、ぴくりとも動かない城之内に柏葉がため息をつく。

頭を抱えて動かなくなった城之内はしばらくすると何かに怯えたような顔をして仮眠室に引きこもってしまった。そして、名村が来ても絶対に自分がいると言わないでくれと懇願したのだ。
ついさっきまで元気だった城之内からは想像もできないほど憔悴して顔から生気が抜けている。

何を話しかけても返事もしない。

柏葉は仕方ない、とまたため息をついて仮眠室をあとにした。

柏葉が出ていってからも、城之内はベッドから出ようとも動こうともしない。何かに怯えたようにぶるぶると体を震わせ、小さく丸まってぎゅっと目を閉じた。



『おはよう、城之内』
『はっ、馴れ馴れしく軽い挨拶なんざしてんじゃねえよ。『おはようございます城之内様』だろ」
『それはおかしいな。俺とお前は同級生なんだ、普通の挨拶を交わすものだろう』
『お前と俺じゃ住む世界も人としても違いすぎるだろ』


ちがう、ちがうんだ。何を言ってるんだ。


『城之内…書類をもらいたいんだが』
『下らねえ書類なんかで俺の手を煩わしてんじゃねえぞ無能が!前委員長もヤキが回ったとしか思えねえな、テメエみたいな奴を後に据えるなんてな』


名村は無能なんかじゃない、無能なんかじゃ…

『は?テメエがいつも思ってたんだろ?』

ぐるんと自分がこちらを向き、バカにしたような笑いを浮かべる。

『名村が風紀委員長に就任してからずっと…こんな風に傷つけてもそれが当たり前だと思ってたんじゃねえか』
『ぐあ…!』

「うああああ!!」

自分が名村の肩を思いきり蹴り飛ばし、名村が倒れると同時に城之内は叫びをあげて飛び起きた。
回りを見ても、倒れた名村は見当たらない。部屋の家具などが目に入り、ようやく城之内はここが仮眠室であることを認識できた。

「…夢…」

いつの間にか眠っていたのだろう。全身にびっしょりと汗をかいている。夢であったが、夢ではない。あれは間違いなく、今までの自分が名村に対してしていた事だ。
城之内はその場で膝を抱えて踞った。

「大丈夫か?」

そっと頭に触れる感触と同時に、柔らかい声が聞こえる。
顔をあげれば、心配そうに自分を覗き込む名村がいた。

「あ…」
「すまないな。入ってほしくないと聞いたんだが、叫び声が聞こえたんで何かあったのかと思って…。ずいぶん汗をかいているな。熱でもあるのか?」

こつん、とオデコをくっつけられ、ぼやけるほど近くにある名村を見つめる。
熱はないな、と離れてもその顔がぼやけているのは、城之内の目からこぼれる涙のせいだ。

「城之内?」
「…っ、す、まない。すまない、名村…っ!おれ、おれは…っ!」

嗚咽で途切れ途切れになりながら名村に頭を下げて謝罪を繰り返した。ベッドのシーツにいくつもの水滴のあとがつく。

「どうしたんだ、なにをそんなに謝っているんだ?」
「おれは!おれはっ…、お前に好かれる、恋人でいる資格がない…!」
「…どういう、ことだ?…やはり俺みたいな今までの委員長とは違うやつじゃだめだったのか…」
「ちがう!」
「だが…そうじゃないならなんだ?無理はしなくて良い。ちゃんと理由を言ってくれ、それがどんな理由でもきちんと受け止めるから」

完全に自分に興味をなくされたのだと勘違いされ、城之内は焦って否定する。
『違う』の一言で名村の勘違いを正せるはずもないが、理由を言って名村にあの時の自分のしてきた所業を思い出させて嫌悪されたら。
恐怖が先立って口を開くことができずにいると、名村が泣きそうな顔をして微笑んでいる。
覚悟を決めて城之内は理由を話し出した。

「…お、れは…お前を散々バカにして、見下して…あ、挙げ句に、勝手に勘違いをして、嫉妬して、あ、あの時、お前を蹴り飛ばした…!
それに対して何も詫びをすることもなく、それを、それを忘れてあの日の土下座だけで済ませていたなんて、お前を傷付けた不良どもを責める資格もない、自分が一番心も体も傷付けたのに…!」
「なんだ、そんなことか」

ぽかんという言葉がぴったり当てはまるのだろう。城之内は今までぐしゃぐしゃに歪めていた顔を間抜けな顔に固めた。

「は…?そ、そんなこと、って、」
「それだけか?俺が嫌なわけじゃないのか?」
「っ、嫌なわけない!好きで好きで、だから、好きなのにお前に暴力を振るったことが、」

城之内が息を切らせて必死に訴える最中に名村はぎゅっと城之内に抱きついた。

「よかった…、俺が嫌なわけじゃなくて」

優しく包み込むように抱き締められ、城之内はその温かさに胸の奥が熱くなる。

「なあ、城之内。過去のことは確かに辛かったし、悲しかった。白状するとな、俺は一年の時からずっとお前に憧れていたんだ。そんなお前から邪険に扱われて歴代の委員長たちと比べられて会うたびに『辞めろ』と言われて苦しかった」

城之内が名村の腕の中でびくりと体をすくませる。名村から、過去の最中の気持ちを話されるのは初めてだった。
城之内は再び涙をこぼす。やはり、自分のしたことは名村を取り返しのつかないほどに傷付けていたのだと改めて思い知らされた。

「だがな、城之内。それはもう過去のことでしかない。今、俺は幸せだ。辛いことや悲しかったことなんて塗り潰されてしまうほど、お前は俺を幸せにしてくれている。
だから、『そんなこと』なんだよ。俺にとってお前が今悩んで後悔していることは、俺にとって大したことじゃない。
…これから先、俺はできればずっとお前といるつもりだった。お前は違うのか?」
「ち、違わない!俺も、名村とずっと一緒に…!」
「なら、もう気にするな。お前がこの先ずっとくれる幸せに比べたら、過去のことなんて『そんなこと』だ。それ以上に幸せな年月をこれから過ごさせてもらえるんだからな」

そう言って微笑む名村は、最高に美しいと城之内は思った。
先程の比にならないほど、もはや幼子のように泣き出して城之内は名村にしがみついた。


仮眠室の扉がそっと開き、心配そうに柏葉が覗きこんだ。気を使ってくれたのだろう、その手にカップの乗った小さなお盆を持っている。ベッドの上で座り込む名村はそれに気付き微笑みながら小さく頭を下げた。
音をたてないように中に入り、ベッドのそばのチェストの上にお盆を置く。

「全く…人騒がせでどうしようもない会長ですね」
「はは…かわいいだろう?」

自分のひざの上ですうすうと眠る城之内の頭を優しく撫でる。
城之内の寝顔を見つめる名村の顔は本当に愛しそうで、こんな表情ができたのかと柏葉は思った。
いや、本当は名村の人柄からしてずっとできていたに違いない。それをさせなかったのは自分達なのだと罪悪感に胸を痛めると同時に、名村がそんな顔を向けるようになった城之内にわずかばかりの嫉妬を抱く。
そして、城之内も…こんな子供のように無防備に眠るのだと初めての一面を垣間見て、二人の関係を羨ましく思った。

「仕事は気にしないでください、起きたら倍以上差し上げますとお伝えいただけますか」
「ああ、わかった…すまないが」
「大丈夫ですよ、風紀委員にもお伝えしておきます。あなたは子供のお世話で忙しいとね」

柏葉の笑みに苦笑いを返す。
静かに扉が閉まるのを確認して、城之内の方に視線を向ける。
名村のひざで眠る城之内は先程までの悲痛な顔ではなく、心から安心しきった寝顔だ。
こんな貴重なものを間近で見られる権利を貰えたことに名村は感謝をしてやまない。

「…好きだ、城之内…」

体を屈めて城之内の額にキスをする。自分の行動に照れてすぐに顔を離した名村だが、その顔には確かに幸せが浮かんでいた。


end

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