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20

「おはようございます!委員長」
「おはようございますー」
「ああ、おはよう。…おい、落とし物だぞ…」
「おっと」

深々と頭を下げた拍子に、その生徒の胸ポケットから落ちた鍵を拾おうと体を屈めようとした名村の腰を抱き、城之内が身軽く床に落ちたそれを拾って向かいの生徒に渡す。

「気を付けろよ」
「あああありがとうございます!」

笑みと共に甘い低トーンボイスで声をかけられた生徒は、真っ赤になって鍵を受けとるとばたばたと走り去った。
未だ腰を抱かれたままの 名村は少し拗ねたような顔で城之内を見つめるが、その視線に気付いた城之内は先程の生徒に向けたものよりももっと甘い笑顔を浮かべて名村の頬に顔を寄せた。

「じ、城之内…」
「怒るなよ。言っただろ?どうしても見回りをするなら俺に抱かれたままだって。…あまり腰に負担をかけるような動きはするな。代わりに俺が全部やってやるから、な…?」
「あ、あの…、」
「ほんとは抱き上げたまま廻りたいくらいなんだぜ?」
「…、や、やめ、…ぁ、」

しっかりと腰を抱きながら、耳元で囁きを繰り返し時おりその耳にキスをする。それだけで名村の体は面白いほどに跳ねた。
城之内の行為に廻りに人がいないかを確認しながら焦る名村がかわいくてしかたがない。
城之内だってバカではない、きちんと人がいないのを見計らっての行為だが焦る名村があまりにもかわいらしくちょっと見せつけてやりたいなどと良からぬ思いも抱きながら名村にいたずらをくりかえしていたらすぱん!という軽快な音と同時に脳天に衝撃をくらった。

「――ってえ!誰だ、ちくしょう…!」
「公然とワイセツ行為を行う人間が何が『ちくしょう』ですか」

スリッパを持って冷ややかに城之内を見下すのは副会長の柏葉だ。その後ろに以下役員たちも揃いに揃って城之内を残念な顔でみている。

「二人の雰囲気見てたら一線越えちゃったのはわかるけどぉー、どこに目があるかわかんないから公然ワイセツ罪はやめたほうがいいと思うんだよねー」
「そうそう、名村委員長が色んな人からイヤらしい目で見られるようになっちゃいますよ〜?」
「誰だそんなやつは!全力でぶっ潰してやる!」
「いやいやあなたが場を弁えればいいだけでしょう」

やいやいと言い合いをする様子に困惑し、おろおろと止めようとするがどうしていいかわからず名村が泣きそうな顔をする。

「委員長、どうした!?」
「クソ会長とクソ役員どもにいじめられてんのか!?」

すると廊下の影から、名村を慕う不良たちがわらわらと現れあっという間に名村を囲む。急に現れた不良たちに名村は驚き言葉を失っていると今度は不良たちと生徒会役員が揉め始めた。

「おはようございます!名村委員長!」
「どうしました、また不良を庇ってもめ事を自分が被るような真似してるんですか!?」
「なんだとてめえら!」

そこへ通りかかった親衛隊の生徒までが混ざり、互いに罵りあいをして揉め始める。
名村を囲んでそれぞれが思うように名村を気遣う光景なんて、誰が想像できただろうか。

「大丈夫だ。なんともないから揉めないでくれ。皆仲良くしてくれると嬉しい…。それに、廊下で騒ぐのはあまりよくないぞ…原因の俺が言えた義理ではないが…」

ごにょごにょと申し訳なさと羞恥に語尾が小さくなるが、それぞれ言いあいをしていた生徒たちはハッとして一斉に頭を下げる。

「ご、ごめんな、委員長…」
「…すみません」
「皆、もうすぐ予鈴がなる。各クラスに戻ってくれ」

頭を下げる生徒たちに優しく声をかけ、それぞれが思い思いに散っていくのを見送る。役員たちも何やら城之内に声をかけてから生徒会室の方へ歩いていった。

「城之内、お前はいいのか?」
「冗談いうなよ、お前を置いていけって言うのか?行くわけねえだろ、この見回りが終わったらお前は速攻俺の部屋行きな」
「な、なんで」
「は?当たり前だろ、見回りはお前がかわいい顔しておねだりするから許したけどな、本来なら1日閉じ込めときたいんだって。
体が心配なのはもちろんだが…自分がどんな顔してるか知らねえだろ」

思いが通じ合い、城之内に熱烈に抱かれた今、名村は端から見てもわかるほど色気を纏っていた。今までただ厳ついとか強面だとかガタイがゴツイだとか言われていたが、そこにえもいわれぬ妖艶な空気が醸し出されている。

それは城之内も同じで、名村と愛し合った今男らしくそばにいるだけでくらくらするような男としての色香を放つようになっていた。

名村からすればそんな城之内が更にモテるんだろうと心配で、城之内からすれば名村が色んなやつから狙われるのではと心配で仕方がない。

学園最強のバカップルの誕生である。

「理由が理由だから真面目なお前には抵抗があるだろうが、今日だけは頼む…」

愛しい城之内に懇願され、名村が拒めるはずもない。自分を抱き締めて肩に顔を埋めて甘えるように抱きつく城之内の背中にそっと自分の腕をまわす。

「だーかーらー!公然ワイセツ罪はやめたほうがいいと思うってばー!」
「うるせえぞ!邪魔するな!」

どこからともなく、囃し立てる声が聞こえた。
声に驚いて名村が体を慌てて離すと、城之内が舌打ちをして廻りに食いつく。

「ちっ、さっさと見回り終わらせて邪魔されないように部屋に帰るか」
「う、ん…」

さりげなく手をとられ、引いて歩き出す城之内の背中を見つめる。

「…好きの定義…か」

以前、副会長が城之内が自分に対してしていた行動をそう理論付けていた。
ならば、自分もそうだ。自分の行動は、城之内への好きの定義ではないだろうか。城之内が会長としてやりやすいように。城之内が動きやすいように。風紀委員長になってから、名村は城之内のためにと必死に動いていたのではないかと思う。

「城之内」
「なんだ?」
「好きだ」

突然の名村の告白に城之内が固まる。名村は顔を赤くし、少しはにかんだままそんな城之内を見つめた。

「気にするな、なんとなく言いたくなったんだ」
「お前は…っ、ああ、くそっ!」

引いていた手を引き寄せ、名村を抱き締める。

「ったく、我慢する方の身にもなれ」
「我慢は体に毒だぞ」
「お前のためなら毒でも食うさ」

静かに予鈴が鳴り響く。まるでそれは二人を祝福する教会の鐘の音のようだと、そこにある確かな幸せに、名村は目の奥を熱くした。



end

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