×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




13

「委員長!またなー!」
「委員長、また明日〜」


廊下を歩く度、出会う人々に声を掛けられる。それらに応えるのに慣れだしたのはようやく最近のことだ。
前まで名村が通る度に見下した目を向けていた生徒たちはもういない。誰もが名村に挨拶をしてくれる。

「どうした?」

隣を歩く城之内がいつもとは違い全くの無言であることに気づいた名村が自分より少し低い位置にある顔を覗きこむ。城之内はわかりやすく子供のように少し口を尖らせてむくれていた。

「…お前はいい奴だ。優しいし、かわいいし、便りになるし。だから皆から慕われるのはわかる。わかるが…それでもムカつく」
「あ」

ふいに左手がぎゅっと握られ、急に感じた熱に名村の胸がどきんと高鳴る。

「じょ、城之内…」
「ムカつくから、牽制」

イタズラが成功した子供のように笑う城之内がなんだかかわいくて、思わず頬が緩む。名村が微笑むと、城之内は目を驚いたように見開いて勢いよく顔をそらした。
照れ臭くて少し俯き加減にしていた名村には見えなくてそんな様子にも気付かなかったが、城之内は口を覆って耳まで真っ赤になっていた。

「…っ強烈だな」

初めて見た、やわらかな笑みは、今まで目の前で無表情か悲しげな顔以外見たことがない城之内にとって破壊力抜群だった。
いつまでも、こんな笑顔でいさせたいと思う。


無言で影の伸びる廊下を歩く。繋いだ手だけがやけに温かかった。


「じゃあな、また明日」
「あ…」

名村の部屋につき、部屋の扉を開けるのを確認していつものように城之内が別れの挨拶をする。
いつもならここで同じく挨拶を返す名村が、そうではない声をあげて手を伸ばして城之内の袖を軽くつまんだ。

「どうした?名村」
「あ、あの…、よ、よかったら、お茶でも飲んでいかないか…」

名村から引き止めたのは初めてのことだ。よほど勇気を振り絞ったのだろうか、顔をまともに見ることも出来ないようで俯いたままではあるが摘まんだ袖は離さずに返答を待っている。

かわいすぎる。

「喜んで」
「…!」

遠慮がちに袖を摘まむ名村の手をそっと取り、紳士のようにその手の甲に軽く口づけを落とし上目遣いで名村を見れば火照ったように赤くなった顔に城之内は勃起しそうになった。


シンプルだが、きちんと整理された名村らしい部屋の真ん中で促されるままソファへ腰を下ろしキッチンでいそいそとお茶の準備をする名村を見る。視線を感じるのか、時折顔を城之内に剥ける名村と目が合えば恥ずかしそうに微笑まれ、つられて城之内も笑顔になる。

やがてお盆に茶菓子と紅茶を乗せた名村がやって来て、城之内の向かいに腰を掛けてお茶を差し出した。

「ありがとう」
「口に合うかどうかわからないが…」
「美味いよ」

紅茶を口にして素直に感想を言えば嬉しそうに微笑んだ。
歓談をしながらの、二人だけの緩やかなお茶会は城之内の心をゆったりと満たしていく。ふと気がつけばとっくに7時になっており、食事の邪魔をしてはと気を使って席を立とうとする城之内を名村が再び止めた。

よかったら一緒にこのまま食事も、と言われ素直に受ける。実際この幸せなときをもう少し味わっていたいと名残惜しかったのだ。
てっきりデリバリーかと思っていたのが、まさかの名村の手料理を振る舞われその事実と料理の美味さに感動した。

城之内は、今まで色んな人間と付き合ってきた。その時はきちんと恋人として付き合っていたはずなのだが、思い返してみるとこんなにも心が暖かくなったことがあったろうかと思う。
付き合ってはいない、今はまだ片想いの真っ最中だというのに、名村の一挙一動でこんなにも幸せだと感じる自分。

以前の最低だった自分を思えば、今の名村の自分に対する態度は奇跡だ。よくてマイナスを無くすくらいになれればと思っていたのが、こうして食事まで振る舞ってくれるなどどこまで名村は優しいのだと。

…焦らない、とは決めてはいても、今日の態度はもしかしてと小さな希望を抱いてしまう。

食事が終わり、食後のコーヒーまでもご馳走になって気がつけば夜の22時になろうかというところだった。

「もうこんな時間か。さすがに帰るよ」
「あ…」

ごちそうさま、とカップを置いて立ち上がると、名村は焦ったように立ち上がり、後を追いかけた。

「…どうした?名村」

見送りにしては様子が違うと玄関に向かう廊下で振り返り、名村がなにかを発するのを待っていると、名村はきょときょとと目を泳がせた後、小さく深呼吸をして覚悟を決めたような顔をして城之内に向かい合った。

「…ずっと、言わなきゃ、と、思っていたんだ。あの日、お前が全校生徒の前で会長と言う立場にありながらこんな俺に向かって頭を下げてくれたあの日から。お前がくれる好意に甘えて、そのままずるずるときてしまったが…」

ああ、ついに。

城之内は全身の血の気が引くとはこの事かと真剣な名村の姿に、冷たくなっていく手足に力を込める。

「俺は…」
「待ってくれ」

名村が次の句を紡ぐ直前に、城之内は名村をぎゅっと抱き締めた。

「じ、城之内」
「頼むから待ってくれ…。もう少し。せめて、あと一日でいい。今振るのはやめてくれ」
「は?」
「今、俺は初めてお前のパーソナルスペースにまで入ることを許されて、お前の料理まで振る舞われて、最高に幸せだった。だから、頼む」

泣きそうだ。いや、もしかしたら泣いているかもしれない。
数時間前の、うかれていた自分を殴り飛ばしてやりたい。どうして考えなかったのだろうかと。
最終通達をするために、ここまで許されたのだと、名村からの最後の礼だったのだと何故少しも思わなかったのかと。

「城之内、」
「すまない。勝手を言っていると十分承知している。だが、今だけはまだ…」
「城之内、聞いてくれ」
「いやだ、だめだ。今だけはこの幸せを」
「だから、話を…」
「だめだ、やめてくれ。頼むから…好きだ、好きだ名村。好きなんだ、だから」
「城之内っ!」

拒絶を続ける己の口が柔らかいなにかで塞がれる。それは、時間にすれば一秒ほどだったかもしれない。だが、城之内にとっては時が止まったかと錯覚するほどで、目の前でぼやける人の輪郭がはっきりしてきた頃、それが名村であると理解ができなかった。



[ 205/215 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



top