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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




10

突然、誰かの泣き叫ぶ声が上がり何事かと皆が一斉に泣き声のする方向へ顔を向ける。同じく壇上にいた名村もそちらへ目を向ければ、その中心にいるのはなんと生徒会長親衛隊の親衛隊長だった。
泣き声の主を見た名村は、困ったような笑顔を城之内に向けた。
城之内をやめさせるわけにはいかない。城之内が会長を辞任すると言うだけでこんなにも悲しむ人がいるのだ。

「ごめっ、ごめ、なさっ、ごめん、なさい〜…!なむ、名村委員長、ごめんなさい〜!」
「は?、え?」

親衛隊長の口から出たまさかの自分の名前に目が点になる。それもそうだ、この隊長こそが二週間前のあの日、名村が糾弾されるきっかけとなった一言を発しリコール騒ぎを扇動した人物なのだ。その人物が、今まさに名村のせいで敬愛する城之内が生徒会長を降りると宣言しているのに、名村を責めるのではなく謝罪を口にしたのだ。
親衛隊長は子供のように泣きじゃくりながら名村に謝罪を繰り返した。

「委員長!悪い!」
「名村委員長ー!ごめん!」
「ごめんよー!」

それを皮切りに次々と集まった生徒の中から謝罪が飛んでくる。親衛隊だけでなく、あの仲良くしていた不良たちや一般生徒たち。

「おれっ、俺たちは、信じなきゃいけなかったのに!」
「こんな俺たちをまともに心配して声かけてくれるのは、委員長だけだったのに!」
「俺たちの委員長が、クソ会長に迫ったとか聞いて、びっくりして悔しくて…!」

生徒たちをかきわけ、舞台前に不良たちがわらわらと集まってくる。さらにそれを小さい体でかきわけながら、城之内の親衛隊たちが親衛隊長を筆頭に舞台前に身を乗り出した。

「僕、ぼくたち親衛隊が、名村委員長が影で危ない目に合わないように見張っててくれたの、知らなくて…!」
「委員長がいなくなってから、へんな輩からちょっかい掛けられること多くなって、お、追いかけられたりとか、初めてされて…」
「き、気が付いたんだ!そういえば、僕たちの誰かが一人になるときとか、必ず風紀委員が近くを見回ってたって!」

わあわあ子供のように泣き叫ぶちびっこたち。その後ろには、かつての仲間だった風紀委員がぞろりと並ぶ。

「名村委員長…、すみませんでした!」

風紀委員に一斉に頭を下げられ、あまりの展開に頭がついていかない名村はただおろおろと成り行きに戸惑う。

「私達が愚かでした」
「あなたが一人でどれだけこの学園をよくしようとしていたか…」
「あなたのしていることを見ようともしないで文句だけを言っていた自分達がいかに恥ずかしい行いをしていたか気付きました…」
「どうか、戻ってきてください。あなたがいなければ風紀は回らないとこんなことになって初めて気付きました…」

次々と集まり、大きくなっていく謝罪と泣き声。あの時とは全く真逆だ。
当の名村はなにも言えない、言うことができない。自分の不在の二週間の間に、こんなことになるなんて。
彼等の心境の変化に至る過程が想像もつかない名村はそれを信じていいのかわからないのだ。

「名村…お前が戸惑うのも無理はない。二週間前までの俺たちはお前に対して悪意しか向けていなかったのだから。いきなり信じてくれだなんて虫がよすぎるのもわかっているつもりだ。だから、チャンスをくれないか」
「…チャンス?」
「ああ。俺たち全員が、お前に許しを得るチャンスを。お前をリコールはしない。だが、すぐに業務に戻れるほどお前が器用ではないことは知っている。だから…、そのまま、見ていてやってくれ。何ヵ月掛かってもいい。この学園が変わったんだと言うことを、その目で見てくれないか」
「城之内…」
「頼む」

立ち上がり、深く頭を下げる城之内に続き回りからも同じく懇願の声が上がり、会長親衛隊長が続いて頭を下げたのをきっかけに一斉に皆が頭を下げる。その光景に名村は居たたまれなくなった。

「…城之内が…」
「え?」
「城之内が、会長を降りずに続けるなら…」
「だ、だが」
「皆が俺を必要だと言ってくれるように、お前も皆に必要なんだ。だから、お前が会長を続けてくれるなら…」
「…必要、か…?俺が?こんな俺が?」
「ああ、もちろんだ。お前がいないと、」
「名村に、名村にとって、俺はひ、必要、か?」

急に子供がなにかを望むような目をして両手を掴まれ、ずいと顔を近づけられて息が止まる。
こんなにも近くで城之内の顔を真正面から見たことがない。勢いに押されつつもこくんと小さく頷けば、城之内はきらきらと目を輝かせて泣きそうな、溶けたような笑みを浮かべた。

「…っ!」

初めて、自分に向けられる笑顔。

ぎゅううと胸が甘く切ない痛みに疼く。
熱が勝手に顔に集まり、城之内の顔が直視できずに不意にそらした。

「…かわいい」
「は?…ぇ、」

聞き間違いか?

ぼそりと耳に届いたと同時に感じた温もり。頬にかかる柔らかな髪に、間近に感じる爽やかなシトラスの香りに、城之内が自分を抱き締めているのだと名村が気付いたのはしばらくしてからだ。

「じ、城之内…!?」
「名村…ありがとう」
「…っ、」

耳元に、直に脳を揺さぶるかのような美しいバリトンで囁かれる。初めて聞かされた、自分への感謝の言葉。それは名村の胸を浸食し、次いで脊髄へ電気を走らせ、その体を突き抜ける衝撃に名村は小さな息を詰めたような声を出してぶるりと震えた。

「…?名村?」
「や…っ、み、耳、やめ…」

耳に触れるか触れないか位の位置で低く、聞いたこともないような甘い声で名前を呼ばれ文字通り腰が砕ける。
そんな名村の様子に気がついた城之内はその口許にあくどい笑みを浮かべた。

「名村…かわいい」
「へ…っ?なに、」
「こんなにもかわいかったんだな、お前は。今までなにしてたんだ俺は、もったいない…」
「やめっ、何言ッ…、、じょ、のうち…っ!?」

囁くどさくさに紛れ、名村の耳にわざと己の唇を触れさせる。城之内の唇が耳を掠める度、名村はびくびくと体を小さく跳ねさせた。

「城之内…っ、」
「…名村…」

涙目で見つめられ、城之内がごくりと喉をならす。そのまま導かれるように唇を名村に近付け、あと数センチ…というところで城之内の側頭部に思いきり上履きがぶつけられた。

「いってえ!誰だ!」
「何してんだバ会長!委員長を離せ!」
「そうだ、厚かましい!どさくさに紛れて何しようとしやがった!」

舞台の下から、ぎゃあぎゃあとわめく不良たち。そこで初めて名村は自分が城之内にキスをされそうだったことに気付いて真っ赤になった。

「何って、キスだキス!キスしようとしたんだよ!俺は名村が好きなんだ、悪いか!」
「「「「…っはああああ!?」」」」

全く動ずることなくさらりと城之内が落とした爆弾に、会場中が大きく揺れ、名村はとうとうブラックアウトした。


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