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「#幼馴染」のBL小説を読む
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5

城之内は頭を抱えていた。

広いソファで項垂れ、時間がどれくらいたったのかもわからないほどの長い時間同じ体制のままでいる。
原因は、昼間に自分が名村に向かい言い放ったあの一言だ。

役員たちに言われ、初めて気がついた。自分がそのようなただの悪意だけの罵倒をしたことに。しかも、たちの悪いことに自分が言ったはずのその言葉にいくら考えてもなぜそんなことを言ったのかわからないのだ。
問われても答えようのない自分の言動。理由をつけられないなど初めてなのだ。

どうして、なぜ。

だが、城之内を悩ませているのはそれだけではなく、その前日からの名村にあった。
あの、旧校舎で不良たちと名村を見つけたとき。失墜させる証拠でもと影で耳をそばだてたあの時。

自分や役員たち、この学園の事を散々に嘲笑ってバカにする不良たちに対して名村が言った言葉。

…あんな風に思われていたのか、とあの時名村が言った言葉が、あのシーンが、何度も何度もまるで壊れたDVDのように脳内で再生される。そして、その後の名村を思い出して城之内は胸がぐっとつまる。
バカにして見下して敵意をむき出しにする自分に対して、名村が良いように思っているとは思ってはいなかった。むしろ、同じように嫌われているか敵視されているだろうと思っていたのだ。
だが、あの時の名村の言葉には嘘偽りなど一切感じることがなかった。
本当に、純粋に城之内を認めていた。

今まで、自分を称賛する人間をたくさん見てきた。それらは自分にとって当たり前の事で称賛など日常茶飯事で、当然の事で。
なのに、名村からもらったその称賛は誰のものよりも尊く感じたのだ。
夕日に照らされた名村は、誰よりも凛として1枚の絵画のように城之内の目に焼き付いた。

「…きれい、だった…」

無意識にこぼれでた言葉に城之内は気付いていなかった。


その日から、城之内は名村に対しての態度が明らかにおかしなものになった。
今までなら名村が現れた途端にその双眼に強い光を宿し睨み付けていたものが、どこか空を見ている。
そして名村が声をかけた途端に我に反ったように顔を真っ赤にして名村に怒鳴る。名村はいつもそれに困惑したような顔をして一言謝罪をし、部屋を後にする。その後ろ姿に、城之内は毎回言い様のない苛立ちと焦りを抱くのだ。

役員たちは本の少しの疑問を抱きながら、会長が取る態度だからと自分達も今までより更に名村へ辛く当たるようになった。

そんな役員たちの態度が外に漏れないはずもなく、間もなく学園中に名村批判の空気と噂が瞬く間に広がった。人の噂とは恐ろしいもので、名村の知らぬところで一人歩きし拡大していった。
そんな学園に対する自分への変化は、至る所に現れた。
まず、一般生徒が名村に向ける視線だ。今までは見下しつつも恐れを抱かれていたその目に完全な侮蔑しか浮かべなくなり、名村の姿を見ればひそひそと陰口を言う。

名村自体も、己の回りの変化に気がつき、だが一体何があったのかわからず困惑した。

そんなある日の放課後、一人校内の見回りをしていた名村は廊下の向こうから歩いてくる人物を見て思わずはっとして足を一瞬止めてしまった。

「あ…、な、名村…」
「…城之内…」
「き、貴様、何をしている。こんな所で品のよくない奴等と密会でもするつもりか」

いつもなら流せる言葉が、ずきり、とトゲのように胸に刺さる。自分では平気なつもりだったが、最近の城之内からの度重なる蔑みに気づかぬうちに心をやられているのだ。ともすれば、どうして、と相手を責めてしまいそうになる自分の口をバレないようにきゅッと結ぶ。

はん、と鼻で笑う声が若干上擦っていることと、目の前で名村が泣きそうになっているのにも城之内自身名村を見て沸き上がるわけのわからない気持ちを押さえるのに必死で気付かなかった。

「いや…、最後の校内の見回りだ。城之内こそどうしたんだ。いくらお前を崇拝するやつらが多い学園だとは言ってもそれを妬み良からぬ思いを抱くやつらもいないとは限らないんだぞ」
「はっ!心配でもしてるつもりか?そうなればいいと思っているくせに」
「そんなわけないだろう。お前はこの学園にとって無くてはならない存在だ。そんなお前に何かあれば俺は一生後悔する」
「…!」

ふざけるな、と見下しバカにした罵倒が返ってくるかと思いきや、城之内は驚いたような顔をして口をぱくぱくとさせている。名村は様子のおかしい城之内に怪訝に眉を寄せ、一歩近づきその肩に触れた。

「どうしたんだ、城之内…?」
「…っ!触るな!」

ぱしん!と乾いた音は旧校舎の誰もいない廊下にやたらと響いた。
はっとして名村を見れば、名村はいつもより少し目を大きくして城之内を見ていた。

―――ずきり、と。

今まで感じたこともないような感覚が胸に起こる。

「…もうすぐ完全に日が暮れる。暗くなる前にここを出ろ」
「…お、まえ、は」
「俺か?俺はもう少しここの見回りをしてから戻る。気を付けてな、城之内」

あくまでも城之内の事を気遣う名村に城之内の胸は更に痛みを訴える。いつものように無表情に城之内に手を振る名村の前から動けない。
自分でもどうしたいのか何を言いたいのかわからず、唇を噛み締めて俯く。

違うんだ、と頭のはしで、胸の中で叫ぶ。けれど訴えてみようにも何がどう違うのか答えを出せないのだ。

「会長!」

長い沈黙を破ったのは、後ろから現れた役員たちの城之内を呼ぶ声だった。
バタバタと慌ただしく駆けてきた彼らは二人の姿を見るなりまるで城之内を守るかのようにその背に庇い、対峙する名村を睨み付けた。

「遅いから心配して来てみれば…!あなた、城之内会長に何をしていたんですか!?」
「いや…」
「ほんと油断も隙もないよね〜、こんなとこで仕返しでもしようって?」

なにか言おうとした名村に隙さえも与えず一方的に罵る役員たちに城之内も言葉がでなかった。

「少し引き留めてしまった、申し訳ない。迎えが来てよかったな、城之内。さあ皆、すぐに戻れ。いくら人数がいても君たちは皆武闘派ではないだろう。さすがに俺でも君たち全員を守りながら戦うことはできないからな」
「だ、誰があなたなんかに!」
「そうだよ、言われなくても帰るよ!そんなこと言う本人に何されるかわかったもんじゃないからね!」

頭を下げ、城之内に軽く手を上げて退去を促す名村に役員たちはそれぞれに舌打ちをしたり侮蔑を投げたりしながら城之内の背を押していそいそと歩き出した。

そのやり取りの間、城之内は一切言葉を発することはなかった。発することができなかったのだ。

仲間に背中を押されながら、ちらりと振り返る。
名村はあの時のように窓から空を見上げていて…


その横顔があの時と同じく泣いているように見え、城之内の胸が激しくなにかを訴え、胸をぐっとその手のひらで掴んだ。

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