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7

「綾小路先生、今日はもう上がっていいよ」
「はい!ありがとうございます、お先に失礼します!」
「お疲れ様ですー!」
「お疲れさまー、またね!」

一人一人に丁寧に挨拶を返し、更衣室へ向かう。着替えを済ませて最後のチェックをして、裏口を出て伸びをひとつ。

プルルル…プルルル…

『はい』
「もしもし?今から帰るよー」
『あっそ』

つんでれ悲しい。けど、嬉しそうな顔してるのを想像してにやける。プツリとあっけなく切られたスマホに現れた待ち受け画面にキスをして軽くスキップしながら歩いていく。
端から見たら怪しい青年だろうな、俺。

「ただいま〜」
「…おかえ…んんっ!」

ペンギン片手にぽてぽてふてぶてしくお迎えに現れた愛しい子にすぐさま抱きつきキスをする。

ガツン!

「いったああ!なにすんの!」
「い、いぶが悪いんだろ!いきなりそんな…っ」
「ええ〜、だぁってえ、こんなかわいい子がお出迎えに来てくれたらそりゃキスするでしょう」
「ばっ…」

不意打ちのキスに赤くなっていた顔がますます真っ赤に染まる。かわいいなオイ。

「か、かわいくない!も、いいから早く入れよ…」

ありゃ、口に出ちゃってたみたい。耳まで赤くして背中を向けてさっさと歩いていく鉄二の後を殴られた頭をさすさすしながら追いかける。
リビングにはいつものように美味しそうな料理が並んでいてキッチンでご飯をよそいながら座れと言う言葉に従い席についてにやにやしながら鉄二を見てたらこっち見んなって言われちゃった。

「今日はどうだった?」
「別に…ふつう」
「ケンカしてない?」
「…」

ありゃ、こりゃ一回二回はしてきたな。

「だめだろ〜、鉄二」
「だって、あっちからからんでくんだもんよ」
「今すぐ全くしないようにってのは難しいかと思うけど…ちゃんと約束は守ってよ?」
「わかってる、多対1なら逃げる。鉄兄にも心配かけないようにするよ」

すれ違っていた想いが重なってから、鉄二は素直に小暮さんの事を思う言葉を口にするようになった。
あれから色々話したけれど、やけに冷たい態度を取っていたのも夜中にふらふら出歩いていたのも全部俺に身代わりにされていると思っていたせいで、誤解が解けてから鉄二はきちんとまっすぐ家にも帰るようにもなったし小暮さんにもまだ少しぎこちないけど昔のように接している。

『鉄二もずっと俺を好きだったの?』

問いかけに真っ赤になって涙をこぼしながらしがみついてぐりぐりと顔を俺の胸に埋める鉄二は最強にかわいかった。

ことの顛末を話して、小暮さんに報告に行ったんだけど…一緒にそこにいた兄貴にむちゃくちゃ怒られたんだよなあ。

お前は鈍感すぎる、肝心なことをきちんと言わずに鉄二を縛り付けたお前が悪いって。

土下座して謝れと言われてその通りにしたら鉄二がすごい慌てて俺を起こして、小暮さんは笑いながら『人の事言えないだろ』って兄貴にぐさりと釘をさして兄貴は灰になってた。

今までつんとしてたせいか、中々急に態度を変えることができないらしく返事はぶっきらぼうだったりさっきみたいにつんでれだったりするけど、無表情ではなくなった。ちゃんと甘えたいときに甘えたいかわいい顔をするし俺の後を無言でぽてぽてついてくるのもかわいくてしかたない。

「早く同棲したいなあ」
「ぶふっ!」

あれ?なんかおかしいこと言った?鉄二がむせて味噌汁吐いたけど。
げほげほ咳き込む鉄二の背中を撫でながら首をかしげると鉄二は真っ赤になって潤んだ目で俺を見上げた。
その顔ヤバイ、ムスコがおっきしちゃうよ?

「ど…、せいって、っ、げほっ、なに…」
「え?だって、今まではずっと一緒にいたいのを鉄二が高校生だから我慢してたんじゃん。卒業したらさ、俺と一緒に住もうよ」
「そ、な…っ、あ、あの、あの、あれだ!俺が地方行ったらどうするつもりだったんだよ!ここだって勝手に俺の高校近いからとか言ってたけど、大学とか就職とか地元じゃなかったらどうするつもりだったんだよ!」
「え?そりゃもちろん鉄二の後追っかけて行くつもりだったに決まってんじゃん」

さらりとさも当たり前だと答えれば、鉄二が一瞬にして固まった。
まあそうか、ずっと身代わりだと思ってたんだもんな。


「言っただろ?俺の世界はバカみたいに鉄二中心に回ってるんだって。今に始まったことじゃない、もうずっとずっと、お前と知り合ってから俺のすべてはお前なの。だから、ついてく。中にはさ、離ればなれでも互いがちゃんと想ってればとか想いあってても互いの道を歩まないとだめだとか言う人もいるけどさ。
俺は無理。鉄二が行きたいとこ、やりたいことあるなら反対はしない。けど、離れるとかもう無理だもん。俺が通勤すればいいことだし?
離してなんかやれない。やらない。ごめんな」

まさか俺がこんな重い男だと思ってなかったかな?けど、これが紛うことない俺の中の気持ちであり真実なんだ。

「俺的には好き好きビームを出しまくってたつもりだったのに伝わってなかったとか勘違いさせてたとか二度とごめんだし。離れてまた拗れるかもとか言う心配や不安もなくしたいからね。鉄二が好きだから、鉄二の傍にいたいんだ」
「…北海道行ったくせに…」
「だからだよー!小学生のお前は俺いなくてもまだ学校楽しいだろうし大丈夫かなとか考えてたけどー!ほんとは連れていきたかったっての!夏休みとかに帰ってもお前はなんだかんだ習い事とかで忙しかったし!」
「…」

その後は、鉄二は終始真っ赤で俺がいつも以上にぺらぺらと話をしていた。
食事が終わって、食器を洗っていると鉄二が俺の横に来てじっとこちらを見ている。

「どうした?なんかあった?」
「…」

無言でぺたりとくっついてきて、ぎゅっと俺にしがみつき顔を俺の体に埋める。なんだなんだ、なにこのかわいい行動は?

「てーつじ?」
「…じゃ、ない…」
「え?」
「大丈夫、じゃなかった…。いぶがいないと、寂しくて、悲しかった。試合に勝ったり、テストがよかったりしたの、全部、いぶに誉めてほしかった。なのに、いないんだもん。俺だって…ついていきたかった」

殺す気です。
鉄二が俺を殺す気です。

「ごめんな」

まだ俺より少し小さい体を抱き締める。
俺と同じ…ううん、勘違いさせてた分だけ長い片想いをしてくれてたこの子が愛しくて仕方がない。

「もう二度と一人にしないよ。離さない。これからは…たくさん、誉めてあげるからさ。鉄二も、俺を昔みたいに…ううん、それ以上にもっともっと甘やかしてよ?」
「…俺、いぶを甘やかしてたの?」
「うん!あ、今もだけど。なんだかんだつんつんしてても優しいよね鉄二」
「…だって…、


いぶが好きなんだもん」



『いぶ、しゅき!』

幼い頃の鉄二の声が聞こえた気がした。

はにかんで照れ臭そうに笑った鉄二は、俺が大好きだったあの笑顔。

俺は確信してんだ、鉄二。お前に出会えたのは偶然で必然の運命だって。
だからさ、鉄二。

これからも、この先も、何年だって何十年だって、例え生まれ変わったって、俺たちはまた同じ年だけ離れて同じ年月恋をして結ばれる。

変わらずかわいらしい笑顔で俺を見るその顔が、目が、仕草が、全てが昔から俺をつかんで離さない。

だからさ、鉄二。お前も変わらず俺に捕らわれていて。

幼い頃のようにそっと短い前髪を上げて、鉄二のおでこにキスをした。



end

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