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8

キッチンにはおよそ和やかとは言えぬ空気が流れている。扉の隙間から中を覗く者たちは言葉を発することなく、中にいるものが黙々と何かを作り続けているのをじっと固唾をのんで見守っている。

そんなまるで侵入者を許さないとばかりに異様に立ち塞がる扉が、ガチャリと開かれた。

中のキッチンの出来上がった料理を盛り付けるためのひときわ大きな銀の作業台には、いくつものお菓子が並んでいる。マドレーヌ、パウンドケーキ、クッキー、スコーン、いつから作っているのだろうかと疑うほどに様々な種類が所狭しと置かれていた。

それを作ったであろう本人は、開かれた扉の方を一瞥もせずただただ手を動かし続ける。

「…誰も入るなと言ったはずだ。私は今忙しい。ロルフ様がいつお帰りになられてもよいように、彼の好きな焼き菓子を作らねばならぬのだ」
「おいしそうだね」

そばに来た人の気配に、無表情でぶつぶつと退室を促すブルーノは、聞こえた声にぴたりと手の動きを止めた。

「相変わらずすごく上手だね。全部俺の好きなお菓子だ。だけどこんなに食べきれないよ」
「…っあ、」
「ただいま、ブルー…「ロ、ロルフ様ああああああっ!」っわ!」

持っていた麺棒を投げ出して、いきおいロルフにしがみつく。いつものブルーノからは想像もつかない姿だ。震えるどころか、肩や背中は大きくいくども上下をし、その口からは絶えず嗚咽どころか泣き声が漏れていた。

「ロルフ様っ、ロルフ様ぁっ…!よくぞ、よくぞご無事っ、ひっく、ううっ、うわあああ…!」
「うん、ごめんね心配かけて。ありがとうブルーノ」
「ひぃっ、く、うっ、うぅっ、う〜…!」

ひ、ひ、と子供のように大きくしゃくり上げるブルーノの背を優しく撫でる。ロルフと共にキッチンに入ってきたリュディガーは、そんな様子を見てやれやれというように大きくため息をついた。

「近隣の国を鎮圧するより、ブルーノを鎮圧させる方が大変だった」

応接室に移り、向かい合わせにソファに座るとリュディガーは眉間を軽く押さえながら少し項垂れるように体を前に倒した。当のブルーノはというと、キッチンでロルフにしがみついてから子供のように抱きついて離れず、先程よりは収まったもののいまだにひっくひっくと泣き続けているのだ。その様子がかわいらしくて、ロルフは優しく頭を撫で続けている。

リュディガーによれば、ブルーノは目覚めてからロルフがいないこととその寝室に侵入者の残した気配を感じとり、パニックに陥った。すぐにその犯人を割り出したものの、そばにいながら易々と侵入者を許し、あまつさえロルフを拐われたことにひどく自分を責めた。そして、使用人の制止を聞かず単身アルベルトの屋敷へ乗り込もうとしたのをリュディガーが丁度帰宅し、止めたのだ。

だが、リュディガーを認識もできぬほど、ブルーノは正気を失っていた。少しでも隙を見れば屋敷を飛び出そうとする。暴れて、もがいて、仕方なしにリュディガーは無理矢理にブルーノをベッドに縫い止めた。動きを封じられたブルーノは、今度はその目から生気を失いぼそぼそと喋り始めた。

『ふがいない』
『主に合わせる顔がない』
『責は命と引き換えに』
『なんとしても彼を』

そんなブルーノを止めることができたのは、他ならぬロルフの存在だ。

リュディガーは切々とブルーノに言い聞かせた。自分が例え救い出されたとしてもお前が傷付くことをよしとはしない。大人しく従ったからには相手がいかほどかを見抜いたからだ。
そしてお前がここでその責に心を病んでしまうことを悲しむだろう。
大丈夫、ロルフなら大丈夫、必ず近く無事に戻る。戻させる。
今泣いて悔いるくらいなら、帰ってきたときに好きなものを好きなだけいつでも食べさせてやれるようにしておくといい。あいつはお前の作る菓子が一番好きだからな

それから、ブルーノは取り憑かれたように一心不乱にお菓子を作り出した。毎日毎日山ほど作られる菓子は全て使用人たちが町の皆に振る舞ったり自分達で食べたりした。
ある意味、ロルフが帰ってきたことに一番安堵したのは使用人たちかもしれない。

「…ありがとう、心配させてごめんね、ブルーノ」
「ロ、ルフさまっ…」

にこりと微笑みかければまたぶわりとブルーノの目に新たな涙が浮かぶ。その時、温かな銀色の気がふわりと舞い、ブルーノを優しく包み込んだ。

「な…」
「あはは、ほら。この子も泣き止んでって」

それはロルフのお腹の辺りから舞い、ブルーノを労るように緩やかに撫でる。

「…次期主、」
「…!う!」

ブルーノが感極まりないとばかりにロルフのお腹に笑みを向け頭を下げた瞬間、ロルフが急にお腹を押さえてうめき出した。何事かとリュディガーが目を見張りソファから立ち上がり駆け寄る。

「…っ、う、まれ、る、かも…っ」
「な、なん…っ!ブブブ、ブルーノッ!ど、どうし、どうしたらっ」
「おおお落ち着いてくださいリュディガーさまっ!誰かッ、誰かー!すぐに医者を!」

あわてふためく二人に、陣痛の合間に大丈夫だからと宥める。


その日、城中の人々が一同に応接室に集まり、王子の誕生をいまかいまかと祈り待ち続けた。

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