×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




5

それから、2週間。ロルフは一人屋敷の庭に佇んでいた。今宵は満月、月の光が心地よい。
一般的に満月にはワーウルフの姿になるロルフたち人狼だが、肉を食べないロルフは月の光を浴びても変身したりしない。というよりも、ロルフは生まれてから一度たりとも変身したことがなく、本当に自分は人狼なのであろうかと悩んだこともあった。

元々体の丈夫な方でないロルフにとって、月の光は薬のようなものだ。
…リュディガーと出会ったのも、こんな満月の夜だったと顔に笑みが漏れる。

2週間、アルベルトと毎日食事を共にした。どうも彼は、自分がいかに優れているかの功績を話すのが好きらしく、食事の度に己の武勇伝を語る。ロルフはそれに相槌を打ちながら、じっとアルベルトを観察した。そして、アルベルトという人物がどういう吸血鬼なのかを理解し、食事以外でもアルベルトに自分から極力声をかけ接していた。

「月が綺麗ですね」

ふいに後ろからかけられた声に驚き振り返る。そこにはアルベルトが悠然と立ち、ロルフを見つめていた。

「どうです?美しい庭でしょう。わが城自慢の花園でね」

近くにある花に顔を寄せ、その香を楽しむアルベルトは笑みを浮かべてはいるが感情が読めない。

「先程、メイドの一人が庭の花をたくさん花瓶に生けて急ぎ足で歩いていましてね。何事かと声をかければ、あなたの部屋に飾るために持っていくのだと教えてくれました」

花を愛でるようにその花弁を撫でながら、淡々と語る。いとおしんでいるかのような手付きが、次第に力が込められる。

「…誰かのために無償で、など考えたこともないやつらが。言われたことに従順な、操り人形のやつらが。あなたが喜ぶであろうと、その顔に嬉しそうに笑みを浮かべ、あなたのことを考えていた。
…一体、いつのまにわが僕どもを手懐けていたんですかね…?」

ぶわり、と黒いオーラが立ち昇る。アルベルトの手の中にある花が一瞬にして枯れたかと思うと、アルベルトの立つ場所から波紋のように一斉に花が枯れていく。

「あなたは毒だ」

枯れた花がアルベルトの手からさらさらと風に吹かれ流される。
それを見つめるアルベルトは、どこか虚ろに独り言のように呟き、ゆっくりとロルフの首に手を伸ばしてきた。

「我が国には、いらんのだ。感情など、一時的なものに過ぎぬ!必要なものは、確実に意のままに動く人形とコマだ!」
「違…っ」
「違わぬ!感情に流され動くことほど愚かなことはない!貴様の夫もそうであろう!」

激情に任せ、ロルフの首をつかむ手に力を込めていく。

「愚かな王だ。たかが犬風情に骨抜きにされ、争いなしに物事を納めようとするなど。力こそ全てだ、屈服させてこその王だ!」
「…っ、ちが、う…!リュディガーは…っ、リュディガーは、あなたとは違う…っ!」
「はっ、違うに決まっているだろう!我の方がいかに優れているか!我こそ王にふさわしい!力を使わず口先だけでことを済ませようなど愚かで弱い王など我の足元にも及ばぬわ!」
「…っ愚かなのはあなただ!」

ロルフの言葉にアルベルトが目を見開き、驚愕した顔を見せる。その命はアルベルトの手中にあると言うのに自分をにらむロルフの目には先程まで垣間見えていた恐れが全く見えず、代わりにあるのは激しい怒りと…

…なぜ、そんな目をする。私を憐れむような、哀しげな…

「力が全てだなんて、間違っている!この世の中には力だけではどうにもならないことだってあるんだ!
屋敷の使用人たちと、挨拶をしたことはあるか?たわいない日々の話は?淡々と作業だけする人形でいいなら彼らじゃなくてもいいはずだ。でもそうじゃない!彼らは間違いなく血の通った生き物で、心がある!その心に触れたとき、人は何倍も強くなれる!現に君がたった今自慢したこの花園だって、2週間前とは違う!確かにそれまでも美しい花園だった。けど、庭師が心を込めて世話をするようになってから咲かなかった花が咲いたり以前よりも多くの花を咲かせたりしているはずだ!」

以前のリュディガーはその圧倒的な力によって国を支配していた。誰もが恐れ恐怖しその心をねじ伏せられリュディガーに従っていた。
だがそんな支配などいずれ無くなる。悪しき心は悪しき心に滅ぼされる。人を動かすのはいつだって人の心だ。

「いくら力があったって、たくさんの人を怖がらせて従わせたって、本当に心と心が繋がった人に敵うはずがないんだ!」
「はっ、バカバカしい…!」
「…どうして気付こうとしないのです。花が美しいと、月が綺麗だと感じることができるのならば、あなたにだってわかるはずなのに。何をそんなに怖がるのですか」
「…っ!」

先程までの怒りではなく、見たこともない目を向けられてアルベルトは一瞬息を飲んだ。

揺れ動きそうになる心を必死に抑える。世迷い事だ、美しいと感じることは愚かな感情とは同一ではないと。

だがアルベルトは自分でも気づかぬうちにその首をつかむ腕でロルフを強く引き寄せ、月の光を映し輝く目に吸い込まれるように見つめていた。

「…アルベルト」

…!私は、何をしている!
近付いていたのは体だけではない、名を呼ばれそこで初めてアルベルトは自分の顔をロルフにさらに近付けていた事に気付き己を罵倒した。

「詭弁に過ぎぬ。…ではなぜ今あなたは王に助けられずここにいるのですかね?」

歪めた口元からは鋭利な牙が覗き、赤き目は牙と共に月光を浴びギラギラと光る。今一瞬見せていた幼子のような顔とはうってかわり、何人も恐れよと言わんばかりの明らかなる威圧感にロルフの全身の毛が逆立つ。

「私の城には私自身が気を張り巡らせあなたの気が漏れぬようにしている。だが、あなたの言うことが正論ならば彼は私の力などものともせずここにとっくに現れているはずだ。まあ…
今は、それどころではないのかもしれませんがね」
「どういう…」
「どういう意味か、ですか?何、簡単なことですよ。あなたがここに来る前、近隣の国々にて小さないさかいが絶えなくなったのはご存じか?」

くすくす、目の前でさも愉快だと言わんばかりのアルベルトを怪訝に睨む。確かに、最近のリュディガーは帰りがずっと遅く疲れているようだった。そんな彼に疲れを少しでも癒してほしくて、お茶を淹れに行き戻った所でアルベルトに拐われたのだ。
まさか、

「そう、ご想像の通りですよ。あれは全て私が焚き付けたもの。
…人の心など軽いものだ。甘い囁きをしてやればいとも簡単に欲が出る。貴様の言う心など、一時のまやかしに過ぎんのだ。絶えない争い、いなくなった貴殿、なれば貴殿を切り捨てるのが良策であろう?心が繋がっていれば大丈夫?はっ、なんとも甘い夢だ。愚かな王は貴殿の言う心で繋がった大事なあの執事の命を、貴殿を守れなかったという名目で絶たれておるやも知れぬな?心の絆などまやかしに過ぎぬと貴殿を見捨て争いを起こす領主たちを次々排除しているところではないか?」

空いた手を広げて天を仰ぐように顔をあげる。どこかうっとりと狂気に満ちた酔いしれるような表情。

「そして、心身ともに疲弊仕切った王に止めを刺すのはこの私…。この国の民の前で、王をひれ伏してやろうぞ。その時、あなたは…そうですね、愛玩動物として城の地下で一生繋いであげましょう」

天を仰ぐその顔を、ロルフに向けた瞬間だった。



[ 168/215 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



top