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11

「気持ち悪い」
「朝イチでそれ!?」

昨日1日二人でゆっくりと過ごし、愛をたっぷり確かめあってご機嫌な俺はまず迷惑をかけた晴彦に謝るために登校前に晴彦の部屋に寄った。
インターホンを鳴らして出てきた晴彦ちゃんは俺を見るなり超無表情に冒頭の台詞を放ったわけだ。
辛辣!

「ひどいわ晴彦ちゃん、せっかく朝イチに会いに来たのに…」
「頼んでない」

ばっさりと切り捨てて歩き出したその後ろから会長が出てきたのを見てにやついたら、思いきり蹴られてしまった。それでもほんと珍しく晴彦ちゃんが顔を真っ赤にしてるもんだからにやついた顔をこらえきれずにいたら、出てきた会長は晴彦ちゃんを後ろから抱き締めてそのうなじにキスして晴彦ちゃんに肘打ちを食らってた。

朝からごちそうさまです。

「いたのか」
「はい、さっきからずっと」

むしろなぜ気づかない。わざとか、わざとなのか。
会長てほんと晴彦ちゃんしか見えてないし興味ないよね。溺愛俺様うまし。

「締まりのない顔がますます締まりがなくなってるな。顔はいいがケツはちゃんと締めてやれよ」
「お下品!」

会長にも迷惑をかけたのでお礼を言おうとしたら、俺の顔を見てそんなこと言うもんだから咄嗟に言い返しちゃったけど一応、会長なりに心配してくれていたのは知っている。
こんなにも自分の事を思ってくれる友達に恵まれて、俺は本当に幸福者だと思う。

「いいかげんだらしなく開いた口を閉じたらどうだ。ますますアホ面になってるぞ。
…まあ、こないだみたいなきったない泣き顔よりはましだがな」

…思われているはず。うん。

だから二度と見せるなよ、なんて俺の頭を小突く晴彦ちゃんは相も変わらずに暴君だけど、その裏に隠された優しさがじわりと胸に染みた。

教室に向かえば、廊下で高見沢と例のあの男の子がいた。高見沢は今日日直でどうしても俺よりはやくいかなきゃならなくて渋々ながら先に出ていったんだけど…

大丈夫だ、とは思いつつもやはり心臓あたりが痛くなる。

「千里、大丈夫だ」

ふいに声を掛けてくれた晴彦を見て、こくりと頷く。ドキドキしながら近付けば、二人の会話が少しずつ聞こえてきた。

「だ、だから、僕はそんな」
「言い訳はいいよ。ていうか、君だけが悪いんじゃない。俺が自分の事しか考えなかったからいけないんだ。自分がちゃんとしてれば君に相談することもなかったし、なにより…
…千里!」

話の途中で俺に気付いた高見沢が俺を見て満面の笑みを浮かべた。反対に、高見沢にすがっていた彼は俺を見て…というよりは、俺の隣にいる晴彦を見て顔を青くした。

「さっきの続きだけど、なによりも俺がしっかり千里を愛していれば問題なかった。だから、この先は一切そういう問題は起きない予定だ。だって、俺は千里を愛してるからね」

すがっている彼の手を離させ、俺の元へ駆けてきた高見沢は俺の肩を抱きながら彼の方へと向き直り、きっぱりとそう宣言した。
周りからは囃し立てる声が聞こえ、高見沢はそれに軽く手を上げて応えたりしている。俺はといえば、真っ赤になった顔をどうやってごまかそうかと必死だった。

そして目の前の彼は、泣き出すか怒り出すかをするかと思いきや…真っ青な顔のまま視線を反らして足早に俺たちの横を過ぎていく。その途中、晴彦の横を過ぎる一瞬には彼の体がびくりと硬直したように見えた。

「じゃあな、千里」
「あ、う、うん」
「…ありがとう、野原」

背を向けて手を上げて自分の教室に向かう晴彦に、高見沢が礼を言う。
晴彦も高見沢もなにも言わないから俺も自分からは聞かなかったけど、今回の事できっと晴彦はまた俺たちの為に色々手を貸してくれたんだろうな。
高見沢に礼を言われて振り返った晴彦は、照れて笑ってたりするのかななんて思ったりしたけど…

確かに、笑顔。
だけど、照れ笑いなんてかわいいもんじゃない。

そこには、悪魔の笑みを浮かべた晴彦ちゃんがおりました。

え、なんなの。なんなのその冷笑。

「礼を言われるようなことはしていない、気にするな。…ああ、一つだけ俺はお前らに謝らないといけない。あの時のあいつがな、千里のことをえらく気に入って…オトモダチになりたいと言ってたから好きにしろと言ったんだ」
「え…」
「ちっさとちゃーん!」

晴彦がわざとらしくすまなそうな顔をして首を振ったと同時に、廊下の向こうから俺の名を呼びながら誰か駆けてくる。
きちんと確認する間もなく俺の元に駆けてきたそれは、そのまま俺にがばりと飛び付いてぎゅうぎゅう抱き締めてきた。

「千里ちゃん、おはようおはよう!」
「ぐ、ぐるじ…!」
「おい、なんだお前!やめろ、千里を離せ!」
「あ、ごめんねえ、苦しかった?」

しがみついて俺の肩に顔を埋めていた男はぱっと顔を上げてこてんと首をかしげた。

「お前…!」
「千里ちゃん、こないだはごめんね。俺っち反省したんだお。だからこれからはオトモダチになるんだい!ねっ、ねっ?」

「ふざけんな!」

にっこにこ笑いながらちゃらけた話し方をする男は、あの時俺を襲おうとした男だった。
オトモダチぃ、なんて言いながらまたまた抱き締められさらにぐりぐりと頬擦りをされて目を白黒させていると高見沢が怒って俺と男を引き離した。

「なぁにぃ〜、俺と千里ちゃんのスキンシップの邪魔しないでよお」
「ふざけんな、そんなもんさせるか!」
「うーわ、ただのオトモダチ同士のなかよしこよしなのにぃ〜!ヤキモチでオトモダチ作らせない気なんだぁ、余裕なーい、わがままー、自分勝手ー」
「ぐ…!そ、そんなつもりは」
「ないならいいじゃーん、はい、俺っちと千里ちゃん仲良しのちゅー」
「バッカやろう!」

ん〜、なんて口を尖らせて近付いてきた男を高見沢が必死に押さえる。
俺も焦ってもがきながら晴彦の方に助けを求めれば、晴彦はとても楽しそうに笑っていた。

『利用しろ』

くるりと背中を向けて今度こそ振り返りもせずに自分の教室に戻っていく晴彦を見て瞬時に理解する。
声に出さずに口パクで伝えられたそれは、いかにも晴彦らしい。

目には目を、の晴彦が与えたそれは高見沢への罰なんだろう。晴彦が認めたこの男は、本当に大丈夫なんだろう。

ぎゃあぎゃあと俺を挟んでやりあいをしている二人を見て思わず笑みがこぼれる。
俺がBLウォッチングをしているとき、他の男を見た罰だとか言ってそのシチュエーションを俺にしてくるけれど、高見沢がこんなに明らかなヤキモチと独占欲を見せたのは初めてだ。

「高見沢」
「なんだ?…っ!」

自分より高い位置にある高見沢の顔を見上げて、自分を見てくれたのを確認してからぎゅっと高見沢にしがみつく。
たくましい胸板が体に当たってどきどきする。

「すき」
「…っ!おまえっ、こんなとこでっ…!あーもう!」

俺も愛してる、なんて言いながら同じように俺を抱き締めてくれるその腕にひどく安堵する。

そういえば、俺が読んだあの浮気攻めの小説は、結局攻めは自分も初めてだった為に他の受けの子達に初めてでも痛くない方法や受けを安心させるにはどうすればいいか相談してたんだ。『なら実践で練習するか』なんて言われて迷ってるところに受けが現れて、焦って言い訳をした結果があれだったんだっけ。
そんで、言い方を間違ったことに気が付いた攻めはすぐに受けの元に戻って許しを乞うて…
二人はきちんとお互いの気持ちを話し合って、再び愛を確かめあうんだ。


現実も、小説も変わらない。黙っていたんじゃ相手のことなんてわかりやしない。

高見沢に、もっともっと俺の事を知ってもらおう。たくさん、たくさん話をしたいな。俺も…高見沢の事を知りたいから。

小説なんかに負けないくらいの、萌えを二人で作るんだ。



end

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