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ふわふわ、さらさら、なんだか風にでも撫でられているかのように気持ちがいい。ひどく安心感の与えられるその感覚が心地よくて、もっとしてほしくてそっと手を上げてそれに触れればその手を優しく温かいものが包み込んだ。
これがなにか知ってる。
「たかみざわ…」
『なんだ?』
小さく呼べば、すぐそばで優しい声が聞こえた。
「ふふ…、夢の中でも優しい声なんだな。俺、お前のその声好き…。なあ、名前呼んで」
『…千里』
「高見沢」
『千里』
「…高見沢…、」
『…千里…』
「…たかみ、ざわ…、…っふ、ぅ…っ」
ねだった通りに俺の名を優しく呼んでくれる夢の中の高見沢は、怒らせてしまう前と同じく優しくて嬉しくて、でも悲しくて、呼び声に同じように名前を返しながら俺は泣いてしまった。
「高見沢…、ごめん、ごめんなさい。おれ、おれ、怖くて…本なんか読んでても、自分がやるとか全然わかんなくて、高見沢がしたがってるの、わざとかわしてた。高見沢は、やさしいから、大丈夫なんて勝手に思って…お、おれ、がんばるから、もう逃げないから、だから…っ、」
続きの言葉は、ふいに重なった唇からもれることがなかった。
夢の中なのに、やけにリアルで温かくて、目が覚めたら同じように高見沢に謝って、仲直りして、キスしてほしいなあなんて思いながら腕を高見沢の首に回せば、高見沢は唇を離して俺の鼻先に、頬に、まぶたに、いくつもいくつもやさしいキスを落としてくれた。
「…謝るのは俺だ。お前は何も悪くない。お前が謝ることは何一つないんだよ千里」
夢にしてはやけに声がはっきりとしてるなあ、なんてぼんやり目の前の高見沢を見つめていると、高見沢はくすりと笑って俺の鼻を軽くつまんだ。
「こおら、夢だと思ってるな?」
「あ…、え?」
「おはよう、千里。目が覚めたか?体はどこも痛くないか?」
「…高見沢…?」
「なんだ?」
「あれ…?え…?高見沢…?」
「ああ」
なにがなんだかよくわからなくて、夢の中のはずなのにと何度も繰り返して名前を呼べば、優しく返事をしてくれるその声に意識がようやくはっきりとしてきて、これが現実で高見沢が本物なんだとわかった瞬間に驚きすぎて跳ね起きてしまった。
「ああ、ほら、危ない。急に起き上がったりしたらめまいがしたりするかもしれないだろ?」
「あ…、ぅ」
しょうがないやつだな、なんて優しく笑いながら同じように起き上がった高見沢が俺のほほにキスをしてきたりするもんだから、俺は真っ赤になってぱくぱくと口を金魚のように動かして固まってしまった。
「千里…ごめんな」
「え…」
「さっきも言ったけど、お前は何一つ悪くない。俺が全部悪いんだ。俺さ、お前を今まで抱いた彼女らと同じと思ってた。今まで抱いた彼女たちは、割りとすぐに関係を持ってたんだ。それで、勝手に今までと同じように勘違いしてた。人それぞれ考え方や思いが違うのに気付かなかった。俺が傲慢だったんだ」
言ったことをなかったことになんてできない。いくらでも謝罪はできるけど一度傷つけられた心はどうやったら癒すことができるんだろうか。
「お前が望むなら、体なんて繋げなくたっていいんだ。大事なのはお前が俺のそばにいてくれることなんだって、やっとわかった…。バカな彼氏でごめんな」
優しく抱き締め、背中や頭を撫でながら紡がれる言葉は日の光のように俺の心に降り注ぎ、温かくしてくれる。
大丈夫だよ、高見沢。何があったって、お前の言葉一つで俺の心は癒される。
「高見沢、は…?」
「うん?」
「高見沢は、傷付いてない…?おれ、俺のせいで、傷付いたりしてない?俺は、どうやったら高見沢の心を癒せる?」
「…バカだな」
不安げに見つめれば、高見沢は泣きそうに笑って俺にキスをした。
「お前が俺のそばにいてくれるなら、それだけで癒されるんだよ」
お前を取り戻せてよかった、と少し震えながら俺を抱き締める高見沢に…
きゅううん、と心臓から音が聞こえた気がした。
抱き締められているその腕が、俺に触れているその部分が熱を持ったように熱い。
ううん、それだけじゃない。
何て言うか、体がまるでなにか別の物にでもなったみたいに、じんじんと熱い。心臓はきゅうきゅうと締め付けられっぱなしで、もっともっと…高見沢と触れ合いたくて…
「あ、の…」
「ん?」
たぶん、多分俺、今…
欲情してる。
高見沢と、もっと愛し合いたい。愛されたいんだ。
顔を上げてじっと高見沢を見つめれば、高見沢が息を一瞬詰めたような気がした。
「…そんな顔するなよ、襲うぞ…なんて」
「う、うん…」
冗談だと高見沢が言う前に、小さく頷くと、高見沢が笑顔のままぴしりと固まった。
「…高見沢…、あの、おれ…その、…」
今まで散々はぐらかしておいて何を今更、と自分でも思う。そうは思うものの、引くこともできなくて、でも自分から『したい』なんて言えなくて少し俯いてしどろもどろになっていると高見沢がそっとキスをしてくれた。
啄むような優しいキスから、ほんの少し開いた口に遠慮がちに舌が触れては離れ、を繰り返す。
幾度目かに高見沢の舌が少し差し込まれた時に、俺もおずおずと自分の舌を高見沢の舌に向かって伸ばした。
ちょんと触れた瞬間にお互いの体がびっくりして跳ねる。閉じていた目を同時に見開いたものだから至近距離で丸くした目がばちりとあった。
二人ともがあまりに驚いた目をしているものだからなんだかおかしくて照れ臭くてくすりと笑みを漏らすと、高見沢も同じだったのかその綺麗な目を優しく細めて笑った。
徐々に深くなる口付けに、どちらからともなく互いの背中に手を回す。キスをしながら優しく背中や頭をなでられてふわふわと気持ちよくてとろんとなされるがままになっているとゆっくりとベッドに押し倒された。
「…千里…、怖いならいつでも言って。途中で止められるかあんまり自信ないけど…」
返事の代わりに両手を広げて高見沢を抱き寄せる。自分から軽くキスを仕掛けてするりと高見沢の脇腹を撫でれば高見沢はごくりと喉をならしてゆっくりと俺の上に覆い被さった。
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