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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






無言で顎をくいとしゃくり、ついてこいと言う合図なんだと悟った俺はなにも言わずに立ち上がる。
急なことに呆気に取られていた男が慌てて俺の腕にしがみついてきた。

「ど、どこいくの?だめだよ、一緒にいて…」
「あ…、でも、」
「ち、千里君と上手くいきたいんでしょ?だったら作戦を続けなきゃっ…」
「作戦…ねえ」

男の子が何故か必死に俺を引き留めようとすれば、先ほどまで無表情で言葉一つ発することのなかった野原が押し殺したように笑った。

「…そうだな。作戦がうまくいけば千里とこいつは別れることになるな、お坊ちゃん?」
「…!」
「え…?」

俺の腕をつかむ子に向かってまるで小さい子にでも言い聞かすように言えばその子の顔がみるみる青くなっていった。
どういうことだろう?どうして作戦が上手くいけば、千里と別れることになるんだ?応援してくれてるんじゃなかったのか?

「お前のどこがそんなに千里を惹き付けるんだかわからんな。あいつはやっぱり真性のドMなのかもな」

じゃなきゃ自分を大事にしない男なんて好き好んで選ばないだろう

一人颯爽ときびすを返す野原に、一気に血の気が引く。
きっと、今野原を追いかけなければ俺は千里を手放すことになると直感した。

「待ってくれ!」

腕に絡み付くその子を振り払い、野原の後を追いかける。振り払われて倒れたその子が小さな悲鳴をあげて俺の名を呼んだ気がしたけどそれに振り向いて謝罪する余裕も助ける余裕もなかった。


追いかけたはいいけれど、野原からは絶対零度の空気が漂い声を掛けることさえもできない。
千里と付き合う前、まだ俺が無自覚に千里を想っていた時、俺は自分のせいで野原から常にこの空気を味わわされていた。
あの時、野原は絶対の意志をもって俺に千里を会わせてくれなかった。

どんな様子かさえも伺わせてもらえず、千里の存在そのものを一切消され、気が狂いそうになった。

あれをもう一度味わうのかと思うとぞっとする。ただし今度は千里との唯一の繋がりとなるであろう野原にさえも接触を許されないだろう。
それはつまり、千里とこの先一生会えないと言うこと。

野原の態度からそれを感じた俺は倒れそうなほど動揺していたが、今こうして歩いて連れていかれていると言うことはかろうじてチャンスをもらえているのだろう。

無言でしばらくついて歩けば、野原は一つの教室の扉の前でその歩みを止めた。中に千里がいるのだと悟ったが、扉を開けることをせず、扉のガラスに自分の影が写らないように立つ野原を見てこれは中の様子をここで伺えと言うことだと思い俺も野原にならってガラスから少しずれる。
わざとなのか、扉はほんの少し開いており話し声が聞こえ中の様子がそこから覗けた。

隙間から中を覗いてさっきよりも顔が青くなる。

千里が、見知らぬ男に黒板に押し付けられていたのだ。
思わず飛び込もうと扉にかけようとした手を野原に掴まれる。なんで、と顔をあげれば無表情に俺を見つめる野原がいた。

「はな、」
『高見沢に頼まれたんだよ〜、淫乱ちゃんに躾てくれって』

中から聞こえたセリフに目を見開いて勢いよく教室の方を向く。
知らない、知らない。俺はあんな男なんて話したこともないし見たこともない。
なのに、千里を押さえつけている男は俺が頼んだかのようにありもしないことを口走る。
それどころか、明らかに嫌がっている千里に無理矢理手を出そうとしている。
そんなことさせてたまるか!

「よかったじゃないか。手間が省けたな?今日の晩には千里は自分からお前を欲しがって足を開くだろうよ」
「な…!そ、んなの、いいわけないだろ!あんな、嫌がっているのを無理矢理だなんて」
「お前が望んだことだろうが」
「ちがう!」

中に聞こえないように小さな声で話す野原に疑念がわく。野原は誰よりも千里を大事にしていたはずだ。あんな、明らかに合意ではない行為を止めようともしないなんて一体何を考えているんだろう。
怒りのままに睨み付けて、その怒りは一瞬にして畏怖に変わった。
野原は、明らかに俺よりも怒っていたからだ。その怒りの矛先は間違いなく中の男ではなく俺で、罵倒しようとして開いていた口は行き場を失い空気を吐き出しただけだった。

「何が違う?お前は千里の意思を無視し、あまつさえ自分の欲からなる曲がった正論をぶつけて千里にそれを要求したんじゃないのか?中の男が千里にしようとしていることとお前が千里にしようとしたこと、千里を責めたことの何が違う」

大きな石で頭を殴られたような気がした。違う、だなんて言えやしない。中の男のいっている内容は、俺が頼んだ事ではないにしろ自分が千里にしようとした行為に間違いない。

「お前は千里に対して自分を受け入れることを望んだが、逆は微塵も考えなかったのか?男が男に足を開く事をどう考えているんだ?本来の体の構造上男の体は入れられるより入れるようにできているんだ。本能的にどうしたって、男は受け入れることを女以上に躊躇するはずだ。ましてや初めての千里が男を受け入れることを当たり前だと受け止めるとでも思ってたのか?お前が入れる側固定なのが当たり前だとなぜそう思う。好きなら体を繋げたいと思うなら、なぜ貴様が千里を受け入れてやることを考えもせずに千里を責めた。貴様は結局自分の事しか考えていなかったんだろうが」

今度こそ、一言も言い訳なんてできやしなかった。野原の言うことは正論過ぎて、自分という男がいかに愚かなのかを骨の髄まで思い知らされた。
俺は男で、千里が好きで、大事にしてやりたくて、一生守ってやろうと決めていた。
だから俺を受け入れるのは当たり前だと知らぬ間に傲慢な考えをしていたんだろう。

千里を手に入れる前に嫌ってほど痛い目にあったはずなのに、また同じことを繰り返した。
俯いて、捕まれた腕をだらりと下に落とせば野原は大きくため息を一つついた。

「もう一度聞くぞ。お前は千里の事をどう思っている?」
「…愛してる。何よりも大事で、離れたくない…。千里が嫌だというなら、体なんてどうでもいいんだ」

そうだ。そうだよ、何を考えていたんだろう。千里が俺のそばにいてくれるだけで、あんなにも幸せだと想っていたじゃないか。自分の欲をセーブすることもできずに、何が一生守るだ。守るどころか、傷つけたのは自分だった。

「…俺には全くわからんが、千里もそうなんだそうだ。だから、二度と間違えるな」

『そうされるなら、高見沢がいい…!』

野原が腕を離すのと同時に中から聞こえた叫びは、俺の心臓を貫いた。

野原は、うんざりしたように目を閉じて親指でくいと扉を軽く指した。
ゴーサインを出された犬のように扉を開け、千里を押さえ付ける男を張り飛ばして千里を抱き締めれば、千里は眼鏡の奥の大きな目を涙で潤め、信じられないとでも言うように俺を見つめた。誰が自分を抱き締めているのかを理解したのか、千里はぼろぼろと涙をこぼし、俺の名を呼びながらしがみつき…そのまま意識を失った。

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