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5

ようやく涙が少し落ち着いた頃にはすっかり日も暮れて、オレンジが灰色がかってゆっくり落ちていく。
そろそろ下校しないと、見廻りの先生が来て怒られちゃうなあ。

…高見沢に、連絡を入れるのを忘れてた。ああ、でも別に俺の事なんて気にしてないかも…。

携帯に手を伸ばす勇気がない。昼休みに仲良く教室を出ていく二人を見てから怖くて電源を切ったままだ。

「千里、しばらくここで待ってろ。何か冷やすものを持ってくる。先に帰るなよ。帰ったら…わかってるだろうな?」
「ひ、ひゃい」

俺のほっぺをぎりぎりとつねりながら睨み、返事をすると晴彦は立ち上がって教室から出ていった。なんか珍しくドストレートに優しさだしてきたなあ。俺の泣き顔があまりに醜かったからかしら…。

ともあれこんな顔で部屋に帰れるはずもないので、言われた通り大人しく教室で待つ。
どこまで行ったんだろう、と考えるのとがらりと教室の扉が開くのは同時で、晴彦かと顔をあげればそこには見知らぬ生徒がいた。

「お、いたいた〜!傷心子猫ちゃん!」
「…?」

にへらへらと笑いながら近付いてきた男は整った顔立ちをしてはいるけど全体的にユルくて、チャラかった。
遊び人チャラ男攻め…なんてぼんやりBLカテゴリ分けしていればいつのまにかそのきれいな顔が俺の目の前にあった。

「うおっ!」
「あはは、なにそれ〜!きっずつくう!でもおもしろ〜い!ねね、君、安田千里くんっしょ?高見沢の彼氏の」

いきなり目の前に広がった顔に驚いて声をだしてのけぞればチャラ男は手を叩いて笑った。
それから、頬杖をついてさっきよりもずずいと俺の目の前に迫る彼に同じ分だけ引きながらも問われた事に小さく自信なく頷く。それを見たチャラ男はさらににっこりと笑みを深めて、うんうんと頷いた。

「うんうん、聞いてた通り控えめだね〜!んで、今高見沢と喧嘩してしょんぼりちゃんなんだよね?実はさあ、俺、高見沢に頼まれて来たんだよね〜」
「え?」

なにを、と言う前に俺は手を急に強く引かれて椅子から立ち上がらされ、背中を黒板に押し付けられていた。俺の顔の横にはチャラ男くんの両腕があって、いわゆる壁ドンをされているのだと理解するのに時間がかかった。

「あ、あの、あの…?」

「だぁいジョブ!めっちゃ気持ちよくしたげっから!自分からおねだりするくらいえろえろ淫乱ちゃんに開発してくれって言われてんだよね!まっかせて!」
「…!」

そんなバカな。
自分の状況と言われた内容を理解する前にチャラ男の顔が首に埋まり、ぬるりとした感覚に全身に鳥肌が立つ。
慌ててチャラ男を押し退けようとすれば両手を簡単に取られて黒板に縫い付けられた。

「やめっ、やめろ!」
「なぁに?今の話聞いてなかったの?おれ、高見沢に頼まれたんだってば。『彼氏が初めてだからって渋ってヤらせてくんねえから一発思い切り快感で狂わせちゃってえっち大好きな子に開発してくれ』って。
これは高見沢のお願いなんだよ?いいの?大事な彼氏が呆れて去っていっちゃっても」

高見沢が、頼んだ…?

目の前が真っ白になって、怒って部屋を出ていった高見沢と今日のあの子の言葉がぐるぐると回る。
そうか。高見沢、やっぱりすごく怒ってたんだ。今までなにも言わなかったけど、ほんとはヤらせない俺にうんざりしてたんだ。

振りほどこうと暴れていた体からだらりと力が抜ける。

抵抗をやめた俺ににやりとイヤらしい笑みを浮かべて、チャラ男がまた首に顔を埋める。


『間違えるな』

それが高見沢の望みならと、目の前にもやがかかったようにぼんやりとしてされるがまま行為を受け入れようとした俺の頭に凛と澄んだ声が響く。
真っ暗だった目の前に、眩しい光がぽつんと浮かぶ。

その瞬間にぐっと腕に力が戻り、首に舌を這わせていたチャラ男を思い切り押した。

「なぁにい?さっき言ったこと理解したんじゃないの?これは高見沢の頼みなんだって…」
「…理解、なんかしない。したくない。だって、高見沢はそんなやつじゃない。あいつは、あいつは誰よりも優しくて人の気持ちを大事にするやつだ。そ、そんな、優しい高見沢を怒らせちゃったのは、自業自得だけど…っ、高見沢に、そんな風に考えさせちゃったならっ、もし、それがほんとに高見沢の望みならっ、俺は他人のお前じゃなくて高見沢にしてもらう!高見沢好みの体に、高見沢本人にしてもらう…!」

晴彦に言われた言葉が、曇っていた俺の頭を透明にしてくれた。
そうだよ。高見沢を愛してんだ。愛してるから、自分のなかで酷い男になんてしたくない。だって、まだなにも話し合ってないんだもの。ちゃんと、高見沢から高見沢の気持ちを聞いてないんだもの。もし話し合って、それで高見沢がほんとに望んだことなら…晴彦には怒られるかもしんないけど、俺はやっぱり高見沢が好きだから、高見沢にしてもらいたい。高見沢にだったら、何をされてもきっと許せる。

最後の方はボロボロ泣きながら叫ぶように言い切った。チャラ男がちょっとびっくりしたような顔をしてたけど、行為を止めるつもりはないのか片手で俺の手を纏めて頭ので押さえる。
離して、離してと泣きながらもがくけどちっとも自由になんなくてそこまで俺って弱っちかったのかと内心ショック。

「…そんなに、あいつがいいんだ。他人に調教を頼むような男なんだよ?それでもされるならあいつがいいって、そんなに好きなの?」

ほほを流れる涙を優しくぬぐわれて暴れるのをやめて目を開ければ、チャラ男は空いてる手をそっと俺のほほに添えて、なんだか泣きそうな顔をしていた。

「…?だ、だって、好き…なんだ…。俺、なんの取り柄もないし、高見沢が嫌いだっていってた腐男子なのに、そんな俺を認めて、好きっていって、大事にしてくれるんだ…っ、ほ、ほんとなら、嫌われてても仕方ないのに、全部が好きだって言ってくれたんだ…!
だから、だから…!」

高見沢がいい、と泣き続ける俺を、チャラ男がどんな顔で見ているかなんてぼやけすぎてもう見えない。だけど、拘束されていた手が離されて今度は体全体をぎゅっと抱きしめられて硬直する。

「やだ、やだ…、うええ、たかみっ、高見沢がいいよぅ…っ、高見沢になら、なにされてもいいから、離して…っ、ひっく、」
「千里っ!」

壊れるんじゃないかと思うくらい激しく教室の扉が開き、同時にこちらに向かって駆け出してくる足音が聞こえた。顔をそちらに向ける間もなく俺を抱き締めていた男が吹き飛び、代わりにさっきよりも大きく温かいものに包まれる。

「千里、千里…っ、」
「たか、み…」
「ごめん、ごめんな千里…」
「たかみ…っ、たかみざわあぁ!わああぁん!」

聞き慣れた優しい、甘い声が耳に響き、自分が誰の腕の中にいるのかを理解すると同時に安堵でさっきよりも大きな声で泣き叫んでしまった。

高見沢。高見沢だ。

腕を高見沢の首に回し、今になって怖さで体が震えだす。がたがたと震えながら泣き叫ぶ俺を強く抱き締めながら幾度も謝罪を繰り返す高見沢の声を聞きながら、ゆっくりと俺の意識は溶けていった。

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