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そんなこんなであっちゅう間にそれからまた一ヶ月が過ぎ、初夏になると気温も一気に上がりだしそこいら中から『暑い』との声が聞こえ始めた。
学校は完全エアコン完備だけどもう少し夏本番にならないとつけてくれないんだよね。
「ただいま…ほんと暑いな」
「うん、すっげーあっちー」
リビングのソファでうつ伏せに寝転がりながら肘をたてて本を読んで寛いでいると、高見沢が帰ってきた。体を少し起こして顔を向けて挨拶すれば、高見沢は汗をかいたのかぱたぱたと手で仰いでいた。シャツのボタンを大きくはだけて若干腹筋が見えている。
ちょっと!エロすぎでしょ!
ドキッとしたのを誤魔化すために、向けていた顔を元の位置に戻す。
「…っ、ちさ、と」
「うん?なに?」
本に目を向けたまま返事をすれば、何やら息の詰まったような呼び声がして近くに気配を感じた。
なに、と思って顔をあげれば、高見沢の整った顔がボヤけるくらい近くにあって、言葉を発する前に俺の口が柔らかいもので塞がれた。
「ん…」
軽く合わせるだけから、啄むようなバードキス。俺、これ好き。
「ん…っ、…〜〜んん!?」
ちゅ、ちゅ、と繰り返される甘いキスにうっとりしていればふいにぐっと頭を押さえられ、ぬるりと口内に温かいぬめったものが差し込まれた。
感触に驚いて体を引こうとしたけど、いつの間にやら体がひっくり返されて高見沢が俺の上に乗り上げていた。
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!
「た、たかみ…んん!」
ぐっと逞しい胸板を押し返せば、一度離れてからまた食い付くようにキスをされた。高見沢は完全に俺の上に覆い被さっていて、しかも俺の足の間に体を入れちまってる。体全体がぴったり密着するようにひっつかれてて、その、あれですよ!
当たってる!なんか固いもの当たってるからあー!
「ひっ、たか、たかみ、たかみざわっ!」
するり、と服の裾から手が入れられて、脇腹の辺りをなぞられて思わずひきつった叫びが出て高見沢の名前を呼ぶ。
だけど、潤んだ目で見上げた高見沢は今まで見たことがないような目をしていた。
ギラギラ、そんな形容詞がピッタリと当てはまる燃えた目をして、顔、顔も…
いつものような優しく弛んだものではなく、ギリッと猛々しく引き締まっていた。
まさに、捕食者。
肉食獣を連想させるそれは、完全なるヒエラルキーによって俺を捕食するものとし、その爪を喉元に立てていた。
「ひっ、」
耳をなめられ、大きな手のひらが薄い腹を撫でるとぞわぞわと背中をなんとも言えない感覚が這う。
「いや、いやだ、高見沢…」
必死になって振り絞った声は自分でもびっくりするくらい小さくて、それでも聞いてほしくて何度も何度も高見沢の名を呼び身をよじる。
「っ!やだ!やだやだ、高見沢っ!」
今まで腹を撫でているだけだった手がふいに上にあがり、胸の頂に今まで感じたことのないようなびりっとした感覚を感じた瞬間に一気に恐怖が駆け上がりさっきよりももっと叫ぶような大きな声が出た。
高見沢ははっとした顔をして弾かれたように俺から体を起こした。
真っ赤になって口を押さえて、それからひどく苦い顔をして俺を睨む。
こわい。
「な、んだよ、千里…。その気、なんだろ?俺を誘ってたんだろうが」
「え…」
「散々男同士のエロなんて見てきたんだろ、今さらなに純情ぶってんだよ」
耳がキンとなって、自分のいる部屋の壁が急にざあっと俺から遠退いた気がした。寮の部屋のはずなのに、壁から何からグレーに染まってまるで牢獄に見えた。目の前の高見沢が、まるで俺という罪人を問い詰める断罪人のようで、大好きな人のはずの彼は見知らぬ他人だった。
震える手で体を抱きしめ、がくがく震えながら頭を振れば頬に濡れた感触がした。
高見沢は俺の上から下りると、その辺にあったパーカーを掴んで俺に投げ渡した。
「その気もねえのに妙な格好してんじゃねえよ!」
「…!」
吐き捨ててリビングからまた外に出ていく高見沢を唖然として見送る。
投げられたパーカーを見て、それから今の自分の格好を見た。
ちょっと暑くて、タンクトップに短パンで部屋で寛いでたんだっけ。
これ?この格好がいけなかった?
高見沢に言われたことがショックで、わけがわかんなくて、気がつけば俺は泣きながら晴彦の部屋にいた。
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