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8

ガチャン、と玄関の鍵が回される音がして静かに扉が開かれる。もう夜中もとっくに過ぎたじかんで、玄関を開けた主は音を立てないようにして部屋へと入ってくるのがうかがえた。
上がってくる前に外から確認したから、リビングで共に暮らしている相方が起きているのは知っているらしく、一旦深呼吸して、わざとその表情を消してリビングの扉を開ける。

「…おかえり」
「…起きてたのかよ。待ってなくてもいいって言ってんだろ」

わざと素っ気なく、冷たく言い放ちシャツのボタンを二つほど開けて髪を無造作にかき上げる。一連の動作はその男の容姿も相まってまるでドラマのワンシーンのようだ。

「…ねえ」
「あ?」

その所作を見つめながら問いかければ、うっとおしいとでも言うように眉間にしわを寄せた。

そんな顔や態度を見れば、捨てられるのが怖くて何も言えなかった。
だけど、今は違う。

「…別れようか」

そう告げれば、目の前の男は予想だにしなかったのか何を言い出すんだとばかりに目を見開いた。

「…はっ、そういうことかよ。やっぱりな…!」
「…え?」
「ふざけんな!だから、だから反対だったんだ!あんなとこに就職なんて、絶対許さねえって言ったじゃねえか!」

ばん!とすぐ横の壁を殴り、怒りに目をつり上げて睨む男は確かに今回の就職先を聞いたとたんに猛反対をしてきた。それでも、母校で、彼と出会った思い出の場所で働くのは願ってもないことで彼の反対を押し切ってあの学園に就職したのだ。

「年下の美味そうな男にでも言い寄られたか?許さねえ…!」
「あ、あの、」
「だまれ!」

腕を引かれ、その胸に閉じ込められたかと思えばすぐに視界は反転した。自分の上に乗り上げ、両手を押さえつける男は悔しそうに顔をゆがませている。

「ふざけんなよ、くそ…!だから嫌だったんだ…!お前みたいな可愛い男、あんな飢えた狼の巣窟に行けばどれだけ狙ってくる奴がいるかわからねえってのに…!」
「…!?」

聞き間違いだろうかと目をパチパチと瞬かせる。

「あ、あの…、今…」
「ああ!?なんだよ!」
「今、か、か、かわいいって…」
「だからなんだ。今頃何言ってんだ?お前自分がどれだけ可愛いか自覚ねえってのか?学生時代もどれだけ牽制してきたと思ってんだ!一緒に暮らすようになってようやくちょっと落ち着いてきたってのに、あんなとこ行くとか言い出すから気が気じゃねえし!だから夜遊ぶふりしてお前が俺を見張ってなきゃ心配だって思わせるようにしてたのに逆効果かよ…!」
「…!」


息が止まるかと思った。それほどに強烈な告白だった。
彼が夜出歩くようになったのは、自分を見ていて欲しいからだっただなんて。まるで小さな子供のような気の引き方をしてまで、自分を側に置いておきたかったということで。

「ひ…っ、ぅ、」
「…なんだよ…そんなに…そんなに新しい男がいいってことかよ…」
「…っちが、ちが、ぅ」

彼から放たれた矢が、胸を思い切り貫いたような気がした。熱を持って射抜かれたそこが、まるで彼の熱で動かされているようにせわしなく脈打ち甘い痛みを伴う。

「…っ、ぼく、に、飽きたんだと…初めっから、君は僕なんか好きじゃなくて、だから、浮気しだしたんだと…」
「…っ!してねえ!最近のあれは、そうみせかけて」
「すてられる、のが、怖くてなにも言えなかった。だけど…考えたんだ。君が、もし僕以外の人と幸せになりたいなら、それでもいいって。ぼく、君が好きだから。あ、愛してるから、僕と離れることで君が幸せになってくれるなら、別れようって…初めて、今日そう思えたんだ。なのに…」

思えば。
自分の気持ちを伝えるのは、いつぶりなんだろうか。僕たちは、大人になるにつれ隠すことを覚えてそれが当たり前になって、なにも言わずとも自分の気持ちをわかって欲しいとか。

それが、だんだん小さな不満になって相手の気持ちを考えるんじゃなく自分の気持ちだけを考えるようになって。

「…悪かった」
「僕が、嫌になったら、ちゃんと言ってほしい。そんな風に、試すようなことしないで…!」
「嫌になんてならない」
「う、浮気するぐらいなら、捨ててほしい。他の人と遊びたいなら、それが、君のやりたいことで君が自由でいたいならいつだって僕は君の前から消えるから、」
「やめろ!」

言葉の途中で思い切り抱きしめられ、唇を塞がれる。泣きじゃくっているせいで息がうまくできなくて胸を弱く押すとそれに気づいた彼が慌てて離れて今度は優しく抱きしめ背中をそっとさすってくれた。

「浮気なんかしてねえ…!さっきも言ったけど、そうみせかけてただけだ。わざとお前が俺のことだけを気にかけるように、コンビニで女もんの香水買ってふりかけて…。…お前に、そんな風に思われる可能性を考えてなかった。お前は何があっても俺から離れないって勝手に思ってたから。やり方、間違えたな。
ごめんな…」
「う…っ、うわあああ…!」

彼の前で感情を露わに泣くのは、いつぶりだろうか。子供のようにわんわんと泣き叫ぶ多田を抱きしめながら、今までに多田が見たことがないほど情けなく泣きそうな顔をした彼は…聞いたことがないほどに甘い言葉を吐きながら、自分のしたことと今までの事を幾度も幾度も謝罪していた。


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