10
「俺がバカだった…。自分がひどい振られ方をしたからって、その弟であるお前に報いを受けさせようなんてそんな権利が俺にあるはずがないしお前には何も罪はないのに。ただあいつと血が繋がっている姉弟だというそれだけで、自分勝手にお前を傷つける権利なんて俺にあるはずもない…お前にだってなんの業もあるわけではないのに…!」
両手で俺の手を握りしめて、神に懺悔でもするかのように俺の手を自分の額に当てる。両の目からはとめどなく涙があふれて、天ケ瀬の顔は後悔と苦痛にゆがんでいる。
違うんだ、天ケ瀬。お前は悪くない。そうなるだろうと知っていて傍にいたのは俺だから。天ケ瀬の望む通りの結果になるように、それを拒否しなかったのも否定しなかったのも俺。
一歩間違えれば狂気のような愛を、一方的に押し付けたのは俺なんだ。
謝りたいのに、声が出ない。溢れる涙に、嗚咽を漏らさないようにするのに精いっぱいで、天ケ瀬を慰める事も出来やしない。そんな顔をしてほしいんじゃないんだ。そんな顔が見たいんじゃないんだ。
同じように泣き続ける俺の頬に、握りしめていた手を片方離してそっと触れる。あまりにも優しいその手に、知らずすり寄っていた。
「優真…、もう遅いだろうか。こんなバカで小さくて、ひどい人間の俺だけど…、お前が好きだ。あの女の弟だとかそんなのは関係ない…。そうじゃないんだよな。姉弟だからって同じなわけじゃない。あいつはあいつ、お前はお前なのに。辛い思いばっかりさせて、ごめん…、今度こそ、大事にするから。もう一度、俺のそばにいてくれないか」
「…あまが、せ…」
「二度としない。二度と、お前を傷つけない。愛してる。ずっと一途に俺の事を思ってくれてたお前が、俺を正気に戻してくれた。都合がいいと思う。お前に対する仕打ちは、許されるものでもない。だけど、だからこそ、今度は俺を傍に置いてくれ。お前の為に、尽くさせてくれ」
まっすぐに俺を見る天ケ瀬の顔は、いつも見ていたあの苦しげな全てを諦め荒んでいた顔じゃなかった。
俺が、天ケ瀬の事を許さないなんてあるはずがない。許すも何も、はじめから自分が望んでしていたことなんだから。
だけど、その言葉を信じてもいいのなら。本当に、俺が傍にいることを許してくれるのならば、俺が望むことはいつだってたった一つだった。
「…っ、天ケ瀬…、笑って、くれる?俺の為に、笑ってくれる…?」
求めるものはたった一つ。
求めてやまなかったそれが近づくと同時にそっと触れた唇から、全てが溶けだして流れるようだった。
「じ、自分で食べられるから…」
「だめだめ、まだ本調子じゃないんだからな。ほら、あ〜ん」
小さく切ったリンゴを爪楊枝に刺してずい、と目の前に出されてはこれ以上断ることもできずにおずおずと口を開ける。雛に餌付けするかのように口に入れられて咀嚼すると天ケ瀬は満面の笑みを浮かべてもう一つ爪楊枝に刺した。
三週間水だけで生きていた俺は栄養失調だと診断され、それだけではなく神経性のものだろうと言われるほど胃がやられていたらしい。自分では平気なふりをしていても、体ってのは知らずにダメージを受けていたのかもしれない。診察の結果を聞くなり天ケ瀬はまたボロボロと泣き出して、俺を抱きしめるものだからなだめるのが大変だった。とりあえず一週間の入院となったその日から、天ケ瀬はこれでもかと言わんばかりに俺に尽くす。これが本来の天ケ瀬の姿なんだろう、いつもいつも笑顔で俺の世話を焼いてくれる天ケ瀬にじんと胸が熱くなって、その笑顔が俺の為だということの幸せをかみしめる。
友人は見舞いに来て泣いて喜んで、天ケ瀬に今度俺を泣かせるようなことをしたら問答無用で別れさせると言った。
「天ケ瀬は元々そういう人間じゃないんだよ。今までのが嘘なんだ、今の天ケ瀬が本当の天ケ瀬なんだよ。優しくて、思いやりがあって、誰より情が深いんだ」
そう言えば、「救いようのないバカだな」と一蹴されたが、そう言う友人の顔はいつも以上に笑顔だった。
まだ罪の意識が消えないのか、天ケ瀬は時折俺に謝る。それはプレイの最中に『へたくそ』と言って平手打ちをされた時についた爪で引っ掻いた跡後だったりなどそういうものを見つけたときだ。
そんな時、俺は天ケ瀬を抱きしめて大丈夫だと囁く。
俺が身を投じたのは、煉獄だ。天ケ瀬に愛を再びと願い受けた試練でついた傷に何の不満があるだろうか。
俺のキーケースの中には、真新しい鍵がある。入院中に天ケ瀬がくれた、新しい部屋の鍵だ。元々持たされていた合い鍵は、天ケ瀬が処分した。
曰く、あれは俺を苦しめるための枷みたいな物だったから、今度は改めて恋人として愛の証として使って欲しいのだそうだ。
もうすぐ俺は退院する。その時に初めて使い、開けるその扉は煉獄で罪を浄化された俺が許された楽園への扉なんだろう。
end
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