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目が覚めて、ぼんやりと天井を眺める。時計を確認するとまだ夜の八時だった。かちゃかちゃと金属音がしてそちらの方に顔を向ければ、天ケ瀬が俺に背中を向けて身なりを整えベルトを締めている所だった。
「…天ケ瀬」
枯れた声で小さく名前を呼べば、一瞬動きが止まるもこちらを振り向くことなく動きを再開する。
それが、今までにないほどに俺を拒絶してるようで胸がひどく軋んだ。
どうしよう。途中で気を失ってしまったから、天ケ瀬を満足させられなかったんだろうか。とうとう、捨てられるんだろうか。
小さく震える体をばれない様に抱きしめると、天ケ瀬がこちらを向いた。
何も言わずにただじっと見つめられ、俺の心臓が今度は痛みではなく緊張でせわしなく動く。何か言うのを待って見ているうちに、何となく、気が付いた。
天ケ瀬の目の色が、いつもと違う。
「…あまが、」
「…ここにいろ」
何か俺が問う前に、天ケ瀬はそれだけ言い残すと部屋から出ていってしまった。閉められた扉の向こうを見つめながら、言われた言葉を反芻していた。
ここに、いる。ここにいるよ、天ケ瀬。
それから俺は、天ケ瀬のマンションから一歩も出なかった。だって、命令されたんだ。どういう意味で言ったのかはわからないけれど、それが天ケ瀬の命令なら何でも聞く。
天ケ瀬がいつ帰ってきてもいいように、部屋の掃除をして、洗濯物をして、ご飯を作って…。
だけど、三日経っても天ケ瀬は戻ってこず…困ったことが起きてしまった。元々自分で自炊などしない天ケ瀬のマンションの冷蔵庫には、ほとんど食材が入っていなかった。この三日は、俺が前の日までに買いだめしておいたもので何とか作れたけれどもう何も残っていない。
買い出しに行けばよかったのだろうが、あいにくと天ケ瀬からその許可をもらっていない。もし、天ケ瀬が俺のいない時に帰ってきてしまったら、俺が勝手に出歩いたと怒られるかもしれない。命令が聞けなかったと言って捨てられるかもしれない。
仕方ないので、天ケ瀬が帰ってきてから買い物に行かせてもらおう。すぐに買ってくれば、そんなに待たせることもないだろう。
いい子で待ってるよ、天ケ瀬。俺は…お前を裏切らないから。
それから、更に一週間。一週間と、一日。一週間と二日。天ケ瀬は帰ってこない。
なるべく動かない様に、体力を消費しない様にじっとベッドで蹲る。
がちゃり、と玄関の扉が開く音が聞こえたのは、天ケ瀬が出ていってから3週間経ってからだった。
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