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今日は俺を抱かなかった。自分だけ俺の口に欲を吐き出してから、すぐに天ケ瀬はシャツを羽織って外出してしまった。
残された俺の仕事は、天ケ瀬のいない部屋を掃除して、ご飯を作って、洗濯をして…俺の痕跡を消してから帰ること。
完璧な家政婦の様に、淡々と仕事をこなす。洗濯物を畳みながら天ケ瀬のシャツに顔を埋めるのが、ひそかな楽しみ。
天ケ瀬、今日はもう帰ってこないんだろうな。明日は呼んでくれるかな。
全ての仕事を終え、ガチャリと鍵を閉めて帰路につく。あたりはすっかり暗くなっており、少し大通りから外れたこの場所はとても静かだ。
マンションのエントランスを出たと同時に…天ケ瀬とちょうど落ち合ってしまった。
まさか帰って来るとは思わなかったので、驚いて目を丸くする。同時にもう帰ってこないはずだった天ケ瀬の姿を見れた事が嬉しくて声を掛けようとして、その腕に誰かの腕が絡みついているのに気が付いた。
腕の主をたどると、そこには美しい女性がいた。
…ああ、お相手を連れてきたのか。
ぺこり、と頭を下げて関係ありませんとばかりに素早く傍を通り抜ける。マンションの扉を抜けるまで、振り向かない背中にずっと視線が突き刺さっているようだった。
「お前、まだあいつと付き合ってんの?」
次の日の昼休み、大学の友人が校庭のベンチでパックのジュースを飲みながら聞いてきた。
「天ケ瀬?」
「うん、そう。あのろくでなしのクソ男」
友人のあまりにひどいいい様に苦笑いする。
「そんなに、ひどい人じゃないよ」
「ひどいに決まってんだろ!お前って言う恋人がいながら他のやつは食いまくる、お前の事は言いように使う。なんでそれでお前ってあいつのこと庇えんの?」
「なんでって…好き、だから?」
俺の答えに友人はぽかんと口を開けてしまった。そりゃそうだろうな。多分普通に話を聞いている分には天ケ瀬はひどいやつなんだろう。
そう言ったきり苦笑いをしたままな俺の頭を、友人はポンと手を置いてぐしゃうしゃにした。
「…お前って、意外に頑固だからな…。何を言っても無駄なんだろうよ。まあ、無理だけはすんなよ。何かあったら頼れ」
「ありがとう」
天ケ瀬との関係は、別に秘密にしているわけではない。天ケ瀬がどういう人間かを知っている大学の奴らはその隣が誰になろうとも『どうせいつものようにただの使い勝手のいい奴なんだろう』としか解釈しないからだ。
だから、天ケ瀬におれという恋人がいるのを知っていながら、天ケ瀬を好きな奴らは堂々と俺の前でも天ケ瀬を誘う。そして誰しも、自分ならば天ケ瀬を変えられると思い近づき、色目を使い、天ケ瀬が俺に飽きてすぐに次の恋人になれる様に準備をするのだ。
俺の目の前で、天ケ瀬の首に腕を回しながら俺を見て勝ち誇った顔をしたやつを、無表情に見つめ返した。
今日も俺は、天ケ瀬に呼び出され天ケ瀬の部屋に向かう。扉を開けると案の定、かわいらしい女の子がリビングで天ケ瀬に抱きつき突如部屋に入ってきた俺を睨んできた。
今日は女か。
ぺこり、と頭を下げていつものように買い物袋をキッチンに置きに行く。
「蒼梧ぉ、あれだれぇ?」
「恋人」
鼻にかけた甘ったるい声を出して天ケ瀬にすり寄る彼女を、天ケ瀬がその腰を引き寄せながら言った。それに彼女は心底驚いたような顔をする。それもそうだろう。まさか俺みたいな冴えない平凡な男を何の迷いもなく『恋人』だなんていうとはだれも思わないだろう。
天ケ瀬は、こういう時に俺の事をごまかさない。浮気相手にも俺が誰であるかをきちんという。
どういうつもりなのかは知らないけど、その言葉を聞くたびにそれが天ケ瀬にとってあまり意味のない単語だとしても俺は心の中で歓喜する。
「蒼梧ぉ、冗談やめてよ〜。蒼梧が男もイケるのは知ってるけどいくらなんでもあんなの選ぶことないじゃない。ねえ、あなたも自分が不相応だってわかってるでしょ?恋人って名前は私に譲ってさ、あんた奴隷でいいじゃない…って、キャッ!」
天ケ瀬にべたりとしなだれかかり、俺を心底見下してバカにした女が俺の事を『奴隷』と言った瞬間に、天ケ瀬が女を思い切り突き飛ばした。急に押されて女はたたらを踏んでその場に倒れ込み、信じられないと言った顔で天ケ瀬を見上げる。女だけじゃない。俺も、天ケ瀬がどうして急にそんな事をしたのかわからなくて驚いて目を丸くしたまま天ケ瀬を見てしまった。
「…萎えた。てめえは帰れ。二度と俺に近づくな」
「ちょ…、蒼梧!なんで、」
「うるせえ」
縋りつこうとする女の腕を掴んで無理やり立たせると、天ケ瀬はそのまま有無を言わさず女を玄関から放り出した。どんどん、と扉をたたく音が聞こえたが天ケ瀬が無視をしてさっさとリビングに行ってしまったので俺も後を追いかけてリビングに向かう。
しばらくして扉を叩く音がやみ、しんと静まり返った室内で天ケ瀬はソファに座って黙ったままだ。
「あ、の…」
「…こい」
天ケ瀬の事について、俺から何か言うことは禁じられている。だけど、どうしていいかわからなくてようやく決意して口を開くとそれはすぐにさえぎられ手招きをされた。
「あ、あまが、」
「…さっきの女の分、てめえが相手しろ」
言われるままにそばに寄ると思い切り手を引かれ、ソファに座る天ケ瀬の上に覆いかぶさるようになった姿勢のまま、命令を下され…
結局俺は何一つ聞けないままいつものように天ケ瀬の性欲処理をした。
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