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7

初めから、認めてなどいなかった。誇り高く誰よりも美しく、そして何者も追随を許さない圧倒的支配者。正に全ての生き物、ヒエラルキーの頂点に君臨する我が主は、いつかしかるべき選ばれし花嫁を娶り、我が一族に希望と繁栄をもたらすものだと信じていた。

ところが、ある日突然に連れてこられたのがはるかに劣る犬畜生。しかも玩具などではなくその犬を生涯の伴侶と決めてしまわれた。

我らモンスター一族は自分の意思なく生殖機能を持つ遺伝子を作ることができない。つまり我が主はこの犬以外とは絶対に子を生そうとはなさらない。偉大なる素晴らしきリュディガー様の血を受け継ぐ者は、この忌まわしい犬以外からは決して生まれることはないのだ。

「我が主の決定、命令は絶対である。ゆえにどれだけ憎い犬であろうとも我が主が決めたのであれば逆らわぬ。犬との子を望むのであれば私は全力でリュディガー様のお力にもなろう。それが我が主の望みであるならば。だから私は決めたのだ」

じゃり、と一歩ロルフに近づく。

「…我が主の子を、お前が生んだなら…私はその子を次のリュディガー様としてお育てしよう。そして、用の済んだ道具は消してしまおうとな!」
「…!」

後ろ足で地面を蹴ったかと思うと、一瞬にしてブルーノはロルフの目の前まで間合いを詰め、その喉を掴み片手で上に釣り上げた。華奢には見えてもやはり吸血鬼、しかもリュディガーの側近というだけあってその力はロルフの体をやすやすと持ち上げた。のどが絞まり、息ができず声を上げることもできずにロルフは何とか腕を振りほどこうとするが全く歯が立たない。徐々に強く絞められ、意識が朦朧としてくる。

「ぐ…、ぁ、」
「さあ、城に戻るのです。大事な大事なお体に、何かあってはいけません。余計な事を言う前に少しこの喉を潰して…二度と逃げようとなど思わない様に四肢の節を切断してやろう。大丈夫、リュディガー様のお子様が生まれるまでは私めが全力であなた様のお世話を致します。お子様が生まれた暁には、種族の違いの重圧に耐えきれずにという名目でその命を落としてしまわれなさい」

その為に、城の使用人を懐柔してお前に全ての敵意が行くように仕向けたのだから。




ゴキン、と骨の砕ける嫌な音が喉から伝わり耳に響く。
喉を締め付けていた腕が離され、ロルフはどさりとその場に崩れ落ちた。



「…っあああああああ!」

闇を裂くような叫びが響き、ロルフは急に流れ込んできた空気にむせながらもその目を向ける。ぼやけた視界に入った物。それは、


今までに見たことがないほどに怒りに金の目を輝かせるリュディガーと、おかしな方向に曲がった手を押さえ叫ぶブルーノだった。

「…あ、」
「ロルフ…」

震える腕を無意識に伸ばすと、その手をしっかりと握りしめ引き起こされてふわりと地面から抱きあげられる。自分を包む温もりに、今まで耐えてきたものが溢れるかのようにロルフに目から涙がこぼれた。

「リュディガー…、」
「大丈夫だ。大丈夫だ、ロルフ」

涙の流れ続ける頬に優しくキスを繰り返し、背中を撫でてくれる。ロルフはリュディガーの首に自分の腕を回して、その肩に顔を埋めた。

「…ブルーノ」
「…」
「…まさか、とは思っていたのだが」

淡々とブルーノに告げるリュディガーにロルフが埋めていた顔を上げてリュディガーの横顔を見つめる。その顔は、悲しみに満ちていた。ロルフの視線に気づいたリュディガーは大丈夫だというようにロルフに向けて柔らかな笑みを向けてからその笑みを消してブルーノを見つめた。
腕を押さえてうずくまるブルーノに、リュディガーが一歩近付く。主を見上げるブルーノの目はこんな時でさえもリュディガーに対しての絶対的な盲信の色はなくならない。むしろどこか恍惚としているかのように見える。

「リュディガー様…、わたくしのあなた様への忠誠は変わりませぬ。あなた様こそが私の全て。あなた様こそがわたくしの喜び。あなた様こそが、わたくしの命…」

ふらり、と立ち上がりよろよろとリュディガーの元へと近づき、その足元にひれ伏す。そしてブルーノはそのままリュディガーの靴先にキスをした。

「…その命を得るためでしたら、なんでも致します。例え犬畜生との子であろうとも、あなた様の血を引くのであればそれはあなた様の分身に変わりない…!忌わしき犬など、ただの憑代にすぎませぬ!あなた様の子さえ生まれれば、私には必要のないものだ!」

爛々と、狂気に満ちた目がリュディガーを捕える。
そんなブルーノを見つめるリュディガーの目が、ゆらりと揺れた。

「言いたいことはそれだけか」
「…」
「ならば…」


リュディガーに最後の確認をされ、ブルーノが覚悟したかのように目を閉じる。すう、とブルーノに向けリュディガーがその手を伸ばし、その手の先に魔力を込めた。そして、今まさにという瞬間。

「リュディガー!」

ブルーノの口元がわずかに上がるのを見たロルフが後ろからリュディガーの背に飛びついて抱きしめた。

「だめ…!お願い、だめです!やめてください!」
「ならぬ。これは主人に対する冒涜と反逆とみなす。お前を必要ないと口にした時点でこやつの死は決まっているのだ!」
「だめ!」

自分にしがみつくロルフを離させようと、リュディガーがロルフに発した言葉を強い口調で否定するロルフに、リュディガーだけでなくブルーノも目を見開いた。

「お願いです…やめてください…」
「…ロルフ、わかっているのか。こいつはお前を」
「はい、わかっています。…いえ、今初めてわかりました」

ロルフの目を見たリュディガーは、その意志の強いまなざしに何かを感じ取ったのかそっとブルーノに向けていた手をおろした。そして、ロルフはリュディガーを抱きしめていた腕を離すとゆっくりとその場にしゃがみ込むブルーノに近づく。

「…ブルーノさん。犬は、多頭出産なんです」
「…?」
「ですから、俺が生むのは一人ではないかもしれません。…一人で育てるのは、大変だから…リュディガーを育てたあなたが一緒に育ててくれると心強いんですが」
「…!」

ロルフの言葉に、ブルーノが先ほどよりもさらに驚きの表情を見せる。リュディガーも、ロルフの言葉に驚きと動揺を隠せない。

「な、なにを、言ってるんですか…?自分を亡き者にしようとした相手に、自分の子を共に育てろなどと。あなたを殺して、私がその子全てを奪おうとするとは考えなかったのですか!」
「ええ、考えません」

きっぱりと言い切るロルフの口調には、先ほどまでの怯えや恐怖など全くない。

「…今、ようやくわかりました。あなたが、何を考えてどう苦しんでいたのか。…ごめんなさい、ブルーノさん。俺…、頑張りますから。誰にも文句など言いようのないほど、吸血鬼一族に誇れる妃になりますから。だから、助けてくれますか…?」

しゃがみ込むブルーノの手を取り、にこりとやわらかく微笑むロルフにブルーノはその狂気に満ちていた目の色を深い悲しみと後悔に染めて項垂れた。


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