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3

式までひと月を切った。リュディガーとは相変わらずすれ違ったままで、その姿さえも見ることがない日もある。

食事はきちんととっているだろうか?意外に好き嫌いの多い人だから。いくら太陽が天敵ではないとはいえ当たり過ぎると魔力の消費が激しい。ゆっくり休んでいるだろうか。気が付けば一日中リュディガーの事を考えて、勉強が上手く頭に入ってこない。ぼんやりと窓の外を眺めていると、目の前からため息が聞こえて慌てて前を向く。

「…どうも集中力がございませんね。今日はお勉強をお休みしましょうか」
「…!あ、だ、大丈夫です!すみません、続きを…」
「そうはいきません。失礼ですがわたくしも暇ではございませんので学ぶ気のない方に無理やり勉強を勧める事は致したくありません」

いつもよりきつめに言われ、しゅんとしっぽをたれて俯く。ブルーノの言うとおりだ。忙しい中、正室になるために式までに学んでおかなければいけないことがたくさんあるというのに集中力がなくなって迷惑をかけるだなんて。

「…ごめんなさい…」
「…いえ、こちらも少し言いすぎました。しかし、どうかご理解ください。あなた様が位置される場所はただの正室とはわけが違います。我ら吸血鬼一族の、王妃となるのですから」

ブルーノに口にされることによって、今さらながらに自分がどれだけ大きなものを背負うことになるのかをまざまざと思い知らされる。できるのだろうか。ただでさえ、吸血鬼一族からは忌み嫌われるワーウルフである自分が、吸血鬼一族の王妃などと。

…だい、じょうぶ。だって、リュディガーがいてくれる。リュディガーがいてくれるならば、何も怖くない。

会えない愛しい夫を想い、押し付けられた重圧を跳ね除ける。

「ですが、本日はやはりお休みに致しましょう。式の前にお体を壊されても困ります。式が終われば、あなた様にはすぐに立派な世継ぎを産んでもらわなければならないのですから」
「え…?」
「リュディガー様によく似た美しいお子様をお産みくださいますよう」

立ち上がって一礼をし、部屋からでていくブルーノを唖然として見送る。その扉が閉ざされてすぐにロルフはベッドの上に倒れ込んだ。

世継ぎ。

確かに、そうだ。リュディガーに嫁ぐということは、子をなさねばならない。ロルフたちモンスターは、同性であっても妊娠出産が可能だ。数少ないモンスターの仲間を増やすための自然の摂理の一つだ。

自分が、リュディガーの子供を産む。

愛しいあの人の子を、この身に宿すことができるのだ。
ぽろり、と自然とロルフの頬に流れた涙は、この先の自分の幸せな未来を思い流れたもので間違いはなかった。


だが…、その日を境に、ロルフの身の回りがどうにも異様な空気がまとわりつくようになった。それは、城の中を歩いているときに感じる。明らかなる、人からの嫌悪と憎悪。リュディガーと恋人になってから今まで、感じることはあってもこんなにも逃げ場がないほどに自分を包む負の感情は感じたことはない。
日に日に強くなる悪意に、ロルフは必死に何事もないように振舞っていた。

「いかがなされましたか」
「あ、いえ…、…、少し、休憩させていただけませんか…」

相も変わらず、リュディガーとは会えない。加えて、連日のように浴びせられる悪意にロルフは満身創痍であった。額を拭い、小さくため息をつくその姿をブルーノが何の感情も見えない目で見つめる。

「いいでしょう。それでは、10分ほど休憩を取りましょう」
「ありがとうございます」

パタン、と手にしていた歴史の本を閉じてブルーノが立ち上がると同時にまた一つため息をついてロルフも立ち上がる。喉が渇いた。水を一杯もらおうと部屋を出てキッチンに向かった。


「…だれも、いない…」

皆何かしら出払って無人となったキッチンに入り、水を一杯飲む。冷たい水が気持ちいい。追い詰められて濁っていた頭が少しクリアになると、気持ちを切り替えて部屋に戻る決意をする。

しっかりしないと。自分は、吸血鬼の王の妻になるのだから。
リュディガーの、足手まといになるような真似だけはしたくない。夜中遅くに戻ってきたリュディガーは決して自分を起こそうとはせずに、隣に潜り込んで眠る自分を抱きしめてくれている。リュディガーに心配を掛けたくない。

コップを置いて退室しようとして、キッチンの隣にある食事をとるための広間から人の声がするのが聞こえた。幾人もの声が重なって聞こえることから、どうやらそこには城の使用人たちが集まっていることがうかがえる。ここ最近、城の者たちからも冷たい目を浴びせられ出ていくのをためらわれた時、それは聞こえた。

「ブルーノ様は本当にお偉いわ。あんな汚らわしいワーウルフに自分の主人が惑わされていようともじっと耐えているんだもの」
「あんな犬の出来損ない、元はリュディガー様の奴隷だったくせに偉そうにしてるんだろう?」
「ブルーノ様、大丈夫ですか?どうか気を落とさないで、私たちは皆あなたの味方ですからね!」

口々に自分を罵る声に、真っ赤になって扉を開けずにその向こうで口びるを噛みしめる。早く立ち去ろう、とくるりと背を向けて一歩歩いた時に、それは耳に入ってきた。


「我が主がお選びになられた方です。大事なお世継ぎをお産み頂くお体なのです。リュディガー様のお子様を産んでいただけるのであれば、私は喜んで人生の全てを捧げましょう」



走って、走って、いつもの薔薇園を通り抜けて城の正門へと手を掛ける。鍵はかかっておらず、音を立てぬように静かに門を開けてするりと体をすり抜けさせた。

「どこへ行く気だ」
「…!」

誰もいなかったはずの後ろから声を掛けられて、びくりと体を竦ませたロルフは震えながら後ろを振り返る。

そこには、美しき従者を従えた愛しいはずの恋人が、その目に静かに怒りを宿しながら自分を見つめていた。



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