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2

毎日、覚えることがたくさんで忙しい。想いが通じあう前にこの城に来たときには自分は鎖に繋がれ、出歩くときはリュディガーに鎖で犬のように引きずられていたなあ、なんてふとその時の事を思いだしながら城の中をリュディガーに引かれながら歩く。くすりと思いだして笑うと、リュディガーが不思議そうにロルフの顔を覗き込んだ。

「何か見つけでもしたか?」
「…ええ。ほんの少し苦い思い出を」

そう答えると、なんの事か気付いたのだろう、リュディガーはいたずらをして見つかった子供の様に目に見えてしゅんとした。

「…あの時は、辛い思いをお前に…」
「ううん、いいんだ。あれがなければ今こうしていることもなかった」

全てを許し包み込むような笑みに、リュディガーはたまらずロルフを抱きしめる。

「…二度としない」
「わかってる」

己の首筋にかるくキスをされ、ぶるりと体が震える。それに目ざとく気付いたリュディガーが先ほどの様子を一変させ、抱きしめる腕をロルフの腰に回しいやらしく撫ではじめた。

「あ…、リュ、リュディガー、」

ここ、廊下…と言いかけた口をふさぎ、ロルフの口内を蹂躙する。舌を吸い上げられ、歯列をなぞられ、その間にもしっぽの付け根や背中を撫でられロルフはがくがくと快感に震えた。
満足するまでロルフの口内を貪ったリュディガーは、すっかり力の抜けたロルフを壁に押し付ける。

「わかってないだろう。どれだけ私がそれを後悔し、今はお前を愛しているか、その身に刻み付けてやる」

嫌な思い出のある場所は全て、愛された場所の思い出に変えてやる。

そういうと、恥ずかしさのあまりに制止するロルフをその場で抱いた。



「初めまして、ロルフ様。わたくしめはブルーノでございます。本日よりよろしくお願いいたします」
「あ、は、はい」

ぴしりと背筋を伸ばし、恭しく頭を下げて挨拶をする相手にぺこりと頭を下げた。目の前にいる人物は、遥か昔よりリュディガーの一族の執事として生きることを義務付けられている一族の男なのだそうだ。それも、いやいやではなくその一族全てのものがリュディガーの一族であるヴァンディミオン家に仕えることに至福の喜びを感じている。特にこのブルーノという男はリュディガーに対して陶酔しており、何よりもリュディガーの事を考えている。

以前にこの城にいた時には見かけなかったが、その時はリュディガーの実家の方で働いていたそうだ。そんな男がなぜロルフの前にいるかと言えば、何よりも吸血鬼一族の皇族について知っているのがブルーノであるからで、リュディガーがロルフのために教育係として連れてきたのだ。

「何なりとお申し付けください。まずはリュディガー様の幼き頃のお話でも致しましょうか?」

にこりと微笑まれ、ロルフの緊張がほぐれる。とても綺麗な男だ、と正直に思った。

ブルーノはとても優秀な執事だった。来てすぐに城内の全ての事を覚え、城にいる雇われている誰よりもテキパキと仕事をこなす。リュディガーの仕事のサポートもそつなくこなし、あっという間に城の者全てに信頼され、好意を持たれ、誰もがブルーノを慕った。

そんなブルーノを見るたび、ロルフは本当にすごい人だと尊敬し、せっかくそんな素晴らしい人に教えてもらっているのだからと必死にブルーノに教わる全てを覚えようとする。だが、ことごとく失敗をしいつもブルーノに慰められるのだ。

「ブルーノ」
「はい、リュディガー様。ロルフ様、それでは今日のお勉強はここまでです。予習をきちんとしておいてください」

吸血鬼の歴史や皇族のしきたりや慣わしなどを勉強していると、部屋にリュディガーが現れてブルーノを連れていく。式が決まり、あわただしくその準備が進む中自分の仕事のサポートや式の段取りのためにリュディガーはよくブルーノを呼びつける。そのまま長いときは一晩中部屋に籠りきりで、リュディガーとロルフはすれ違いの生活が続いていた。

本をぱたりと閉じ、天を仰いでため息を一つ。喉が渇いたな、とキッチンに向かい、その扉を開けると中にいた従者たちが一斉にこちらを向いた。

「こ…、こんにちは」

何だかその視線がいたたまれなくて小さくぺこりと頭を下げる。無表情のままにロルフに頭を下げ返すその様子に何だか違和感がした。

一体なんだろうか。

皆の態度にどきどきと緊張するが平静を装ってキッチンを通り過ぎ、飲み物を口にする。ひそひそと自分に対して何かを囁き合っているのが感じられ、ロルフは足早にキッチンを後にした。


部屋の戻ると、自分のベッドに突っ伏して枕に顔を埋める。今しがたキッチンで耳にした従者たちのささやきが心に痛い。なまじ耳のいいのも考え物だ、と少し己の血を恨んだ。


聞こえてきた言葉は、つい最近まであまり耳にしなかった言葉。


『ブルーノ様が愛妾でこの犬が正妻だとか逆の間違いじゃないのか』


己を蔑む言葉は、つい最近になるまでよく耳にしていた言葉だ。城の人間たちはロルフの事を認めてはいない。それもそうだ、ロルフは吸血鬼一族にとって忌み嫌われるものであって間違っても伴侶にしようとするものなどいない。それよりも、先に言われたことがロルフの胸に小さなトゲとなって刺さった。

ブルーノが、リュディガーの愛妾…?

確かに、ブルーノは吸血鬼一族の皇族に仕える身であるだけあって全てにおいて秀でている。能力もさながら、何よりもその溢れんばかりの色気と美しい容姿はどんなものでも虜にしていまいそうだ。
リュディガーを疑うわけではない。だけど、自分と恋人になる前は不特定多数の相手がいたのも事実。その中に、ブルーノがいなかった可能性は否定できないのだ。

余りにも不出来な自分と比べて優秀な人間の傍にいることでいつもなら感じない劣等感がウイルスのようにロルフを侵食していく。

「…リュディガー…」

会いたい。会って、強く抱きしめてもらいたい。その強さを分けて欲しい。
冷えたベッドの上で、ロルフは小さく丸まって己の大きな尻尾を体に巻きつけた。


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