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その日、部屋に戻るとさっきの女の子はもういなかった。玄関に、健吾さんの買ってきた今夜の晩御飯の食材と明日の朝ごはんのパンが入っているスーパーの袋が置いてあった。
それらの食材を冷蔵庫にしまい、部屋を片付ける。
シャワーを浴びて布団にもぐりこむと、なんだかダブルの布団が広く感じた。
健吾さんは、その日一晩帰ってこなかった。
次の日、大学で机に突っ伏していると昨日一緒に飲みに行った友人が心配して集まってきた。
「よう、どうした?昨日のあの子、お持ち帰りしたんだろ?」
「結構あの子、イケイケだったもんな〜!もてる男はいいよなあ!」
ヒューヒューとはやし立てるそれがうっとおしくて、顔を上げずに無視を決め込む。お前らのせいで、何てやつあたりにも似た苛立ちが湧いてぐっと拳を握る。
「そうそう、俺も昨日めっちゃ酔っぱらって帰っちまってさ。部屋の扉開けたら彼女が仁王立ちしてんの、めっさ怖かった!俺の彼女、すっげえ男勝りで普段からあんま女らしい仕草とかしなくてさ、怒ると男みたいにグーパン飛んでくるんだぜ。」
「よくそんなのと付き合ってんなお前!」
友人の彼女の話にげらげらと笑う他の奴ら。それに、その彼女の話をした奴がへへへと締まらない笑いをした。
「確かに、お前らの彼女とかよくモテるとか好かれるタイプの女の子みたいにかわいらしい感じじゃねえよ。けどな、俺にだけはさ、すげえ可愛いとこ見せてくれんだ。俺の彼女、スカート大っ嫌いなんだよね。でも、俺がぽつりと『たまには見てみたいな〜』なんて言ったら、その日部屋でスカート履いてくれててさ。でも、態度は変わんねえの。腕組んで『どうだ』って。俺が『ありがと』って言ったらさ、ぷいって後ろ向いて『あんたの為だからできるんだから』って。超かわいくね?」
のろけんな!とか、リア充乙!とか、ぎゃあぎゃあ騒ぐ周りの声なんか、全く耳に入らなかった。
立ち上がって、カバンを引っ掴んで教室の入り口に向かう俺に驚いたやつらが声をかける。
「おい、どうしたんだよ!」
「フケる!
―――――谷崎、ありがとう!」
彼女とののろけ話をした谷崎に礼を言うと、谷崎はなんの事かさっぱりわからないと首を傾げた。
必死に走って、自分の部屋を目指す。
もちろんだけど、健吾さんはまだ帰ってきていない。俺は靴を脱いで部屋に入ると、部屋を片付け始めた。
洗濯をし、掃除をし、風呂も磨く。冷蔵庫を開けると昨日健吾さんが買ってきた晩のおかず。全部取り出して材料を見て、昨日はとんかつにするつもりだったんだなと豚肉を取り出して下ごしらえをし、パン粉をつける。
今まで健吾さんがやってくれていたことを、全部自分でするのは本当に久しぶりだ。同棲してからは、家事は分担していたものの俺がしていたことなんてほんのわずかなことばかりだった。
自分がどれだけ健吾さんに甘えていたかが痛い程良くわかる。1日大工という力仕事をしてから、俺のために部屋をきれいにし、洗濯をし、ご飯を作ってくれていた健吾さん。
いつだってそれを『嫁の仕事だ』と何てことないように言っていた。
でも、違うんだよな。健吾さんがそれだけしてくれるのは。俺を大事にしてくれるのは。
「おかえりなさい」
夕方六時。健吾さんは玄関を開けて、出迎えた俺を見て驚いた顔をした。
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